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(南アフリカ・ケニア・タンザニア・ジンバブエ・ザンビア・ボツワナ)



(ケニア編)






ナイバシャ湖へ
念願の百獣の王ライオンに出会い、それを至近距離から見ることができた満足感にひたりながら、くるまはナクル湖国立公園を抜けて昨日来た道をナイバシャ湖へひた走る。






ナイバシャ湖への道
ナイロビ〜ナクル湖間は、こんな道路を走る。







しばらく走ると、本線からそれてナイバシャ湖の方へ入って行く。間もなくくるまは、とあるしょうしゃなリゾ−トホテルに到着。ここでトイレを済ませると、その素敵で広いガ−デンを通り抜けて、湖のほとりに出る。そこには小さな桟橋が設けられており、何隻かのボ−トが留まっている。天蓋なしの2隻のボ−トに分乗して、いよいよボ−ト・サファリである。
 





このボートに分乗











ボート・サファリ
ボ−トは静かな湖面を岸辺に沿って滑るように走る。さまざまな珍しい野鳥が目に留まる。水鳥が気持ちよさそうに水面を泳いでいる。これは何の鳥、あれは……などと説明を受けながら周遊する。ふと見上げると、枯れ木のてっぺんに鷲に似たカッコイイ鳥が留まっている。三色ウミワシというのだそうだ。
 





三色ウミワシ
「あなたたち、ハンティングの邪魔しないで!」








この湖上からの風景も、なんともいえず美しい。湖の向こうには、ゆるやかな斜面が広がる丘陵地帯が細長く視界いっぱいに連なっている。これがグレ−ト・リフト・バレ−(大地溝帯)の一方側のバレ−なのだ。ナクル湖と同様に、このナイバシャ湖も地溝帯の中に点在する幾つかの湖の中の一つなのである。アフリカ大陸の雄大さの片鱗が垣間見られるワンカットシ−ンである。




 ナイバシャ湖のパノラマ景観。向こうに見える山脈が大地溝帯のバレー。




ボ−トは方向を変えて移動する。すると間もなく、水面に何やら黒いうごめくものが見える。カバの群れなのだ。10頭ぐらいのカバが集まって、水面に顔の半分だけを出してこちらを眺めている。双方がお互いにウォッチングし合っているのかもしれないぞ。この湖には、800頭ものカバが生息しているという。われわれがウォッチングして回った範囲では、それほど多くのものは見られない。カバはゾウに次ぐ大きな体を持つ草食動物で、体長4〜5m、体重3〜4tにも達するという。日中は、このように河川や湖沼の水中に目、鼻、耳だけを出して潜っていることが多く、夜になれば上陸して草を食べるという。
 





カバの群れ
「あまり近寄らんでくれよナ。」








この湖には鵜も多く、あちこちの岸辺で群れている。首は白く、体は黒っぽい羽毛で覆われている。その集団の中に、数羽の鵜が羽を広げて突っ立ちながら、さも自分の美しい姿を見てくれといわんばかりに誇示している姿が見られる。次の写真の様子がそれである。これは獲物をねらって、いつでも飛び立てるようにスタンバイしている時の様子だそうである。獲物が見つかれば、即座に飛び立てるというわけである。他の鳥でも、こういう姿がよく見られる。のんびりと憩っているのかと思えるのだが、そうではなく、全神経を集中させた緊張の一瞬の姿なのである。
 





鵜の群れ
「だてに羽広げてんじゃないのだよ。」








10時から始まったボ−ト・サファリは、約1時間で終了。地溝帯に広がる静かな湖で数々の野鳥やカバたちが見せる自然の姿に心なごまされる1時間であった。この湖にはフラミンゴの姿は見られず、ペリカンや鵜が多く棲息しているという。ソ−ダ性の湖水ではないのだろう。
 

再びナイロビへ
再びサファリ・カ−に揺られ、ここから90km離れたナイロビへ向かう。市内へ入ると、大変な交通渋滞である。大都市ともなると、何処も同じである。






ナイロビ市街の渋滞















高層ビルが立ち並ぶナイロビ市街










ナイロビのこと
ここナイロビは、東アフリカで最も繁栄している街で、アフリカを代表する顔とヨ−ロッパの旧植民地としての顔を持つ。その中心街には近代的なビルが林立し、昼間はビジネスマンがあふれている。海抜1700mと高地にあるため年平均気温は17.5度と年間をとおして爽やかな気候となっている。イギリスが植民地化する過程で、1899年に鉄道を敷設したのだが、その時に工事用キャンプとして建設したのがナイロビの誕生で、その歴史はまだ浅い。
 

国立博物館
くるまは渋滞を通り抜けて国立博物館へ到着。ここで博物館とこれに隣接するヘビ園の見学である。まずヘビ園の見学。ここはヘビが主だが、カメやワニもいるは虫類動物園なのだ。ケニアの毒ヘビはほとんど飼育されているというが、どれがどれだか分からない。屋内と屋外に分けて飼育されている。屋外には大型のヘビが露天で飼育されているが、やはりどうしても大型のヘビに目を奪われてしまう。ヘビ嫌いには、なんともやりきれないヘビ園であろう。
 





ヘビ園のカ メ















ワ ニ
















大型ヘビ










次は隣の国立博物館の見学である。ここは1930年に開館したというケニア最大、最古の博物館で、ケニア出土の人類の祖先に近い原人(アウストラロピテクス・ボイセイ)の化石があることでも有名。広い館内には膨大な量の動植物や鳥類・魚類などの剥製がところ狭しと展示されており、ごった返す館内に壮観な様相を呈している。短時間では、とても見て回ることはできない。
 

アフリカン動物の肉で昼食
ナイロビの観光は、この博物館とヘビ園だけで終わり。この街の観光ポイントは、都市部だけに少ないようだ。ここでの見学を終えた後、郊外にあるカ−ニボア・レストランへ昼食に向かう。ここはいろんなアフリカン動物の肉を食べさせてくれる人気レストランである。ここはしょうしゃで、なんとなくアフリカンム−ドがただようレストランである。席に着くと早速、肉料理のサ−ビスが始まる。テ−ブルの上には6種類ほどのタレが用意されてあり、このタレはどの肉、これはあの肉に合うと、ウェイタ−が案内してくれる。だが、一度に聞いても覚えられないよ〜。
 

次々に焼き立ての肉が運ばれてくる。これは「ビ−フ」、これは「チキン」、これは「ブタ」に「レバ−」、そして「シマウマ(ゼブラ)」「オストリッチ(ダチョウ)」「ワニ」の珍しい肉類がサ−ビスされる。例のシュラスコ料理スタイルで、好みの肉を好きなだけスライスしてくれる。チキンはどこでも食べる機会が多いのでパスし、普段は口にできない珍しい肉を中心にいただく。「ワニ」の肉は白っぽいが、コリコリして意外とおいしい。「ゼブラ」の肉は脂は少ないが、見た目もビ−フみたいでけっこうおいしい。「ダチョウ」の肉は歯応えがあり、味も良くてうまい。この3種類の肉では、このダチョウが一番のお気に入りとなる。
 





焼き立ての肉をスライスしてくれる。
「そんなに見つめないで!」













肉を焼いている炉










昼食なのに、豪勢なものである。本来なら、ディナ−向きの料理なのだが……。肉料理なのでビ−ルが欲しい。でも、昼間なのでぐっとこらえてミネラル水で我慢しておこう。都合6種類の肉をたらふくいただき、満腹状態となる。珍しい肉料理に舌鼓を打ち、満足しながら席を立つ。
 

アンボセリ国立公園へ
昼食を済ませると、次のサファリ場所であるアンボセリ国立公園へ移動開始である。これがまた遠い道程で4時間はかかりそう。到着は夕暮れ時になりそうだ。空には厚い雨雲めいた雲がたなびき、時折シャワ−を降らせている。雨季に入ったばかりのこの時期の雨は、部分的に雨雲が空を覆い、その下だけが雨が降るという状況である。それも通り雨で長雨にならず、それが抜けると雨はあかる。だから、その範囲に入らなければ雨に濡れる心配もないし、雨に遭ってもしばらく待っていればOKなのだ。しかし、その雨粒は大きく、日本の雨の2〜3倍はある大粒の雨である。
 

アンボセリの楽しみの一つは、サファリもさることながら、万年雪を頂いたアフリカの名峰キリマンジャロの姿が拝めることである。その期待に胸をふくらませながら、これからの長い道中も我慢しよう。だが、果たしてその雄姿が見られるのだろうか。日中は雲に覆われて見えないことが多く、朝夕の時間帯に姿を見せることが多いという。ドライバ−の話によると、一昨日はきれいに見えたそうだが、残念ながらこの空模様では期待できそうにない。とにかく、このロングドライブを乗り越えることが先決である。
 

みやげ品店
相変わらずのすさまじい振動に耐えながら走ること2時間、途中でトイレ休憩のため再びみやげ品店に立ち寄る。そこでまたセ−ルス攻勢にあうことに。どこのみやげ品店も申し合わせたように黒人男性の店員ばかりで、女性の店員は一人もいないのだ。いずれにしても、記念の品に一つぐらいは買っておこう。そこで、あれやこれや取って見せる店員に「この大きさの品では、どれが一番お勧めなの?」と10cmちょっとぐらいの大きさを示して尋ねると、「こっちへいらっしゃい。」と別の棚の前に連れて行く。そこで取り上げて見せてくれたのが、木彫りのライオンである。手に取って見ると、なるほど彫りもいいし、黒光りして材質も良さそうだ。これだとサイズや重さも手頃で荷物にならない。
 





びっしりと並ぶ木彫りのみやげ品









これならよかろうと「ベイガニ(いくら)?」と尋ねると、「ファイブ ダラ−($5)」という。そこで値引き合戦が始まる。$3まで値下げに応じてくれたが、それ以下では「ノ−」と首を横に振る。こちらも、そのままでは引き下がらない。「$2なら買いましょう。それがダメなら買いませんよ。」といいながら、1ドル紙幣2枚を取り出してちらつかせる。しばらく逡巡していた店員は、目の前の現金に引かれたのか、苦笑いしながら「OK」といって了承する。そこで、「アサンテ(ありがとう)」といって商談成立である。こうして、ライオンの見事な木彫りを$2でゲットすることになる。この地では、値段はあってないようなものだ。アフリカでは、米ドルがそのまま通用するので、現地通貨に両替は不要である。
 

サンバナの風景
再びくるまはアンボセリに向けて走り出す。時折、シャワ−に遭遇する。左右の窓から飛び込む風景は、見渡すかぎりどこまでも尽きることのない広大な草原である。ドライバ−が、こんなところをサバンナというのだと教えてくれる。実は昨日、ドライバ−に「サバンナとは、どんなところをいうのですか?」と質問していたのだ。すると彼は、「明日、教えますよ。」といっていたのだが、その答えがこの草原なのである。
 





これがサバンナだ!
走行中なので、うまく撮れない。









サバンナの歴史
辞書によれば、「サバンナとは、アフリカなどの熱帯地方の、雨が少なく、木のまばらな草原地帯」という説明になっている。それが出現した歴史的過程はこうである。太古の昔、東アフリカ大陸は緑豊かな森林に覆われていた。それが長い年月を経るうちに幅35〜60km、総延長7000kmにも及ぶ正断層による陥没地帯が現れた。これがいわゆるグレ−ト・リフト・バレ−(大地溝帯)と呼ばれるものである。つまり、東アフリカの高原地帯が南北に引き裂かれている状況にあり、今もなお活発な地殻変動で年々数ミリ程度この割れ目が拡大しているという。このまま進めば、数千年後には大陸は分離されて2つの島になるだろうと予測されている。
 

それはともかく、こうして生まれた大地溝帯の側面の縁は、ナイバシャ湖の写真で見るように少し高い丘陵となって山脈みたいに連なっている。この出現によって気象条件に変化が現れ、大地溝帯の西側から運ばれる湿った空気は、これを越えて東へ流れる間に蒸発して乾燥した空気に変わるという。こうして大地溝帯によって分断された東部地域は雨の少ない乾草地帯となり、木々も育たず草も伸びずに背の低い草原地帯が現れたわけである。これがいわゆるサバンナ誕生の歴史なのである。ここに多くの野生動物たちが生息し、各国は国立公園として保護区に指定している。
 

キリマンジャロ見えず
途中から舗装道路は途切れ、地道の悪路に入ってなおも走行を続ける。もうそろそろキリマンジャロが見えるころではないかと思いドライバ−に尋ねると、右手前方を指さして「あの方向ですよ。」という。案の定、その方向は厚い雲にすっぽりと覆われて、キリマンジャロのかけらさえ見えない。半分は期待していなかったものの、これで決定的かと思うと、やはり大きな失望感に包まれる。こうなれば明朝にかけるしかない。
 

明日はどうぞ晴れますようにと心で祈りながら、悪路の揺れに身をまかせる。この付近も雨が降ったとみえて、地道の道路は一段と悪いぬかるみ状態になっている。前に通ったくるまの轍も深くめり込んでいる。そんな悪コンディションの中を、くるまは時速60kmで飛ばしている。
 

スリップ!
と、突然、ガクンとぬかるみの窪みにタイヤがめり込み、バウンドしたかと思うとエンストをおこして停車してしまう。その拍子に体が揺れて、右足の向こうずねを前のバ−にぶっつけてしまう。シ−トベルトをしていなかったのがいけなかった。少しヒリつくので、ズボンをめくって見ると、長さ3cm、幅2cmにわたって皮膚が擦りむけ、血がにじんでいる。すぐに2枚のばんそうこうテ−プをもらって貼り付ける。これで十分しのげて問題なし。同乗のメンバ−の中にも、少々足腰の打撲をした人がいるが、心配ない程度のものだ。時計を見ると6時前で、日没も迫っている。
 





このぬかるみにはまっちゃった!









さて困ったことは、動かなくなったくるまの代車をどうするかである。2台で走行していたが、他の1台に全員が乗るのは無理である。そこで、他の1台がアンボセリ国立公園のゲ−ト事務所まで先行し、そこで救援を依頼することになる。ゲ−トまで30分ほどのところだが、その間くるまの通りもない草原の中のひっそりとした路上で待つことになる。なんとなく無気味な感じである。車外に降り立ったものの、こんなところでライオンにでも遭遇したらどうなるのだろう。そんな不安が頭をよぎる。折しも、雷を伴ったシャワ−まで降り始める始末。これで、ロッジ到着はいつになるか分からない。
 

相棒の他の1台がゲ−トからトンボ返りして戻ってきたのは、1時間ぐらい経ってからのことである。残されていたメンバ−はそれに乗り込み、故障のくるまは放置したまま、再びゲ−トへ向けてぬかるみの道を走り出す。とにかくスピ−ドを出さず、慎重に運転するようドライバ−にきつく言い渡す。ゲ−トに着いたのは7時ごろで、辺りは暗くなっている。ここで今夜宿泊するロッジへ連絡し、そこからジ−プを迎えに差し向けてもらうことになる。
 

夜間走行の危険
そこでジ−プを待つ組と二手に別れて移動することになり、われわれのグル−プが先発することになる。真暗になった道をライトで照らしながらロッジへ向けて走り出す。少々道はぬかるんでいる。見渡すかぎり草原ばかりなので(暗くて見えないが多分そうに違いない。)、町の灯も何も見えない真っ暗闇である。こんなに漆黒の闇の経験は初めてである。さすがにアフリカ大陸の夜の闇は暗く怖い。突然、ライトに照らし出されて前方に大きな影が現れる。暗闇の中にゾウがいるのだ。まさか、このアフリカでナイト・サファリをするなんて、夢想だにしなかったことである。これも、貴重な体験なのかもしれない。
 

不安感をただよわせながら、ぬかるみの道をくるまはさらに進んで行く。やがて、右前方の遠くにぽつんぽつんと灯が見えてくる。今夜泊まるロッジの灯らしい。もうしばらくの辛抱だ。そう思ってほっとしていると、ドライバ−が「ロッジへの近道は道路状態が悪いので、迂回路を遠回りして行きます。」という。なんとまあ……。だが、安全の道が何よりである。
 

そう思ってあきらめていると、分岐点に差しかかる。さて、ここでどちらの方向へ進むべきなのか? 方向指示の標柱をライトに照らしてドライバ−が食い入るように見つめている。それでも分からないとみえ、ドライバ−は懸命に仲間を無線機で呼び出し、方向について何やら連絡を取り合っている。彼は、この地に不案内なのだろうか? そんなことを思うと、いっそう不安がつのってくる。こんな所で武装強盗団にでも襲われたら万事休すだ。5分以上も話し合っていたドライバ−は、決心したかのように右方向へハンドルを切り、一段と細くなった道を走り出す。果たして、大丈夫なのだろうか?
 

おや、おや、ロッジの灯はだんだん遠ざかっていくではないか! とにかくここは、ドライバ−に任せるしかしようがない。そう思って身をまかせていると、再び分岐点にやってくる。今度は迷わず右に曲がると、そのままずんずん進んで行く。すると今度は、遠ざかっていた灯が、みるみる近づいてくるではないか。これが正解の道だったのだ! みんなの顔に安堵の色が浮かぶ。
 

ロッジ到着
こうして迷いながらのサバンナ夜間走行は、なんとか無事にロッジ到着で終わりを告げる。時計を見ると9時前である。なんと、ゲ−トを出発してから1時間40分もかかっており、滅多なことでは経験できないナイト・サファリであっが、残念ながらその成果は、わずかゾウ1頭である。恐怖の報酬にしては、これではちょっと寂し過ぎる。
 

みんな疲れ果てて、ぐったりしている。夕食の時間は、とっくに過ぎてしまっている。そこで、食事はル−ムサ−ビスということになり、各自のル−ムキ−をもらって部屋へ急ぐ。バスル−ムを見ると、ここもシャワ−だけで、バスタブはない。これでは足の傷がカバ−できないので、やむなく体をお湯で拭いて済ますことにする。やがて運ばれてきたル−ムサ−ビスの食事をいただく。冷めたス−プに肉とパンだけのお粗末な内容。予定どおり到着していれば、温かいバイキング料理が食べられただろうにと悔やまれる。
 

深夜のドクター来訪
とにかく疲れているので早く寝よう。寸足らずの吊り蚊帳をなんとかうまく広げて横になる。怪我した足の治療にロッジ専属のドクタ−を差し向けるからとのことだが、この程度の傷でそこまでの気遣いは無用なのだがと思いながら寝入ってしまう。やがて、夢の中でだれかがドアをノックする音が聞こえる。ふと、我に返って耳をすますと、確かにドアを叩いてる。ドクタ−なのだろうか? 眠い目をこすりながらドアに出てみると、添乗員さんが黒人のドクタ−を伴って立っている。やはり、治療に来てくれたのだ。この深夜12時というのに、ほんとに恐縮である。
 

「こんな夜遅くにすみません。」と眠けまなこでドクタ−にいいながら、部屋に入ってもらう。ドクタ−は傷の状況を調べ、血圧を測定する。普段の血圧はどの程度かと尋ねるので、そのことを告げると、「やや高いようです。」という。それでは、傷の手当は後ほどまた来るからといい残して、その場を立ち去る。他のメンバ−の様子も見るらしい。それにしても、治療用具も持参していないのだ。やれ、やれ。
 

再びベッドに戻って横になる。ドクタ−は間もなく来るのかと思っていると、なかなか来る気配がなく、ついうとうと眠入ってしまう。再びドアを叩く音に起こされたのは、午前2時である。なんと間合いの長いこと。でも、こんな深夜に往診するドクタ−のことを思うと、文句はいえない。早速、消毒の上、薬を塗ってばんそうこうテ−プを貼り、これで完了。礼をいってドクタ−を見送る。後で聞いた話だが、その日は専属の医師がたまたまロッジに詰めておらず、遠い町から真暗なぬかるみの夜道を走って来たのだという。そして、一応診察した後、再び治療用具を取りに夜道を戻ったそうである。道理で、真夜中に及ぶ羽目になったわけだ。
 

付き添っている添乗員さんが、「今、星空がとてもきれいですよ。」と教えてくれるので、一緒に外に出て3人で夜空を見上げる。そこには、雲ひとつない澄み切ったアフリカ大陸の夜空が見事に広がっており、無数の星が頭上に降りかかるように輝いている。「あれがサザン・クロス(南十字星)ですよ。」と南の空を指差しながらドクタ−が教えてくれる。見ると、天の川の下端にきれいなクロスを描いて4個の星がきらめいている。南半球でしか見れない星だけに、しっかりと目に焼き付けておこう。この星空だと、明日は快晴間違いなさそうだ。キリマンジャロへの期待がふくらむ。添乗員さんも、夜中過ぎまで付き添い、ほんとにご苦労様である。



(次ページは「アンボセリ〜ンゴロンゴロ自然保護区編」です。)