5.外出禁止令・カジノ
滞在4日目。7時に目覚めて外を眺めると、昨日の強風から雨風に変わっている。この様子では、今日も一日吹き荒れるのだろうか? いつもは南国ム−ドの流れるプ−ルだが、その水面には木々の葉っぱが千切れ飛んで入り、ぷかぷかと浮かんでいる。なんとも無惨な光景である。これでは掃除が大変だろう。そんなことを思いながら、ぼんやりと窓際に立ち尽くす。今日も一日棒に振ることになるのだろうか……。
力なくベッドにごろごろしながら、朝のひとときを無為に過ごす。だが、朝食は取らないと事は始まらない。なにせ“BREAKFAST”と言うぐらいだから……。身仕度をして食堂に行く途中、旅行社の事務所前を通りがかると、そのドアに次のような貼り紙が出されている。
「台風接近のため、ただいま全島に外出禁止令が発令されています。もし外出されて台風による怪我などをされても傷害保険の対象にはなりませんので、十分ご注意ください。」
やれやれといった思いで、この掲示を見ながら重い足取りで食堂へ向かう。ここだけは、いつものように心豊かな思いで食事が取れる。パンに、バタ−に、ジャムに、コ−ヒ−に、ミルクに、そしてハム・ソ−セ−ジにスクランブルエッグにスイカ、パパイヤ、オレンジ、リンゴなどを取り寄せて贅沢にいただく。外で時間を過ごす当てがないから、せめて朝食に時間をかけて過ごすしかない。ゆっくりと、たっぷりと、ぜいたくな時間を過ごしながら朝食をいただく。今朝も、昼食用にパンとオレンジ、リンゴをいただいて行こう。
朝食を終わると、1階ロビ−のソファに身を沈めながら、食後のひとときをゆったりと過ごす。この広々としたロビ−には、人影もほとんど見えない。朝食に来ている人以外は、みんな部屋に閉じ込もっているのだろうか? フロントに置かれた台風情報を見ると、予想進路がこの地域の範囲にかかっている。やはり、まともに来るらしい。これでは万事休すだ。再び先ほどの外出禁止令の貼り紙を恨めしそうに眺めながら、部屋へと戻る。
期せずして昨日と同様、部屋に閉じ込められる始末となる。何も高い旅費と時間をかけて、はるばる南太平洋まで台風と部屋を見に来たわけではないのにと愚痴りたくもなる。だが、どんなに泣いても、わめいても、ぐちっても、だれも聞き入れてはくれないし、こればかりは不可抗力でどうしようもない。泣く泣く自然の力の前にひれ伏すしかない。
また、昨日と同じパタ−ンで時間を過ごし、なんとか昼食時間を迎えることになる。そこで、これまた昨日と同様に、食堂から持ち帰ったパンにオレンジ、リンゴを並べてコ−ヒ−を入れる。おいしいフランスパンをかぶりつきながら食べていると、ふと外の気配が変化し始めたのに気づく。吹きつける強風が、やや和らいで来ているようなのだ。しかし、雨はまだ降り続いている。おや、もう台風は峠を越えかかったのだろうか?
日本の感覚でいくと、なんだか早い気がするのだが……。
独り昼食を終え、のんべんだらりと時を過ごしていると、確かに外の様子は落ち着き始めている。風が一段と弱まって来ているのだ。この様子だと、外出禁止令も間もなく解除になるのではなかろうか? そんなことを思っていると、ふと旅行社から無料バス券をもらっていたことを思い出す。もし、風が落ち着くようなら、これでダウンタンまで出かけてみるとしようか?
再びダウンタウンへ
午後2時を過ぎてくると風もずいぶんと弱まり、ほとんど問題ない状態になっている。雨は依然として降り続いているが、思ったよりひどい雨ではない。これなら外出しても問題なさそうだ。そう心に決めると、とにかく身仕度をして出かけることにする。半日部屋に閉じ込められて、とにもかくにも外の空気を吸いたいのだ。
ホテル前のバス停で待っていると、確かにバスはやって来る。問題なく運行しているのだ。前回はプチトレインで観光に出かけたが、今日は勝手知ったる地元民気取りでバスに乗ってのお出かけである。オレンジラインのル−トを走るバスに乗ると、海岸線は走らず、島の中央部を抜けてヌメア中心街へ向かう。降車場所はココティエ広場を目指せば間違いない。
そうは言っても様子が分からないので、中心街らしき地域に入ったところで、隣席のおじさんに「パルドン ムッシュ,ウ エ プラス ドゥ ココティエ−ル?(ちょっとすみません。ココティエ広場はどこでしょうか?)」と尋ねると、多分、私が教えてあげるからといった内容のフランス語が返ってくる。安心して乗っていると、間もなくそれらしき停留所に来た時、「ココティエ−ル!」と言いながらゼスチャ−で降りるように促してくれる。
前回と同様、今日もまた傘を差しての行動である。昼食はすませているので、レストランには用無しである。となると、時間つぶしにぶらぶらと町中を歩き回るしかない。この地の土産品をまだ買っていないので、それを探してみよう。相変わらず派手なパレオの布生地が店頭に居並んでいる。どの店にも木彫りの置物が多数そろえてあるのだが、結構値段が高い。この地ではメラネシアンの伝統工芸として木彫りが多いのだ。何軒か回っているうちに、小さく手頃な木彫りを見つけたので、それを記念に買うことにする。
おみやげをゲットすれば、あとは用無し。周辺を少しぶらついてから、帰途につくことにする。やはり、雨の中は自由に動きにくい。アンスバタ行きのバス停を探して待っていると、やがてオレンジラインのバスがやってくる。帰りも同じル−トを走ることになる。外出禁止令も解除になったのか、町中の人出も普通である。
ホテルへ
ホテル前でバスを下車したのは午後4時過ぎ。今度は、目の前のショッピングセンタ−にあるスナック店に立ち寄る。これも旅行社からのサ−ビスでスナックの無料券が渡されてある。これを使ってティタイムにしよう。オレンジジュ−スとスナック菓子を注文して、ゆっくりと時間を過ごす。外は雨なので、目の前のビ−チには人影も見えない。明日の天候はどうなるのだろう? 旅行社のスタッフの話だと、こちらの台風は、通り過ぎた後、あっけないぐらいに天候は回復すると言うのだが……。
独りティタイムを終わると、すごすごとホテルの部屋へ戻り、一休みすることに。考えてみると、滞在4日目というのに、お日様を拝んだのは到着したその日だけである。その後、3日間も悪天候が続いていることになる。それも台風がらみの悪天候で、実に不運な旅になったものである。南太平洋の大自然が、私にかぎって売り惜しみをしているようだ。
うたた寝から目を覚ますと、6時近くである。あとは持て余す時間を夕食で埋めるしかない。今夕は、昨日ス−パ−から買ってきたラ−メンで済ますことにしよう。早速、お湯を沸かし、ラ−メンにお湯を注いで待つこと3分。外国産のラ−メンだが、カップラ−メンの食べ方はどの国も同じことで、世界を席巻した日本発のラ−メン技術はすごいなあと、妙なところで感心しながら蓋を開けて食べ始める。
ところが、香辛料が効いているのか、とにかく辛い。激辛のピリピリで、味もよく判別できないほどである。これはラ−メン選び失敗の巻である。外国産は表紙の文字が読めないので、内容確認のしようがない。とにかく、喉を水で潤しながら、なんとか食べ終わる。これで、どうにかお腹はふくれることに。先ほどスナックを食べているので、お腹は問題ない。
カ ジ ノ
さて、今宵はどうやって時を過ごしたものだろう? たっぷり残る時間を無為に過ごすのはもったいないかぎり。そこで、あまり気はすすまないが、カジノに出かけるとしよう。これもドリンク付きの無料ゲ−ム券(500F=560円)とタクシ−券をもらっているので、行かなければ折角の機会を逃すことになる。でも、カジノの時間は遅いので、急ぐことはない。
9時ごろになったので、ジャケットを着込んで出動開始だ。カジノの写真を撮りたいが、こればかりはどの国も御法度である。だから、カメラは持参することができない。フロントでタクシ−を呼んでもらうと、すぐにやってくる。それに飛び乗って、徒歩で15分ぐらい先にあるこの地一番の高級ホテル、ル・メリディアンへ向かう。島内には何ヶ所かカジノがあるようだが、このホテルにもその一つがある。
しばらく走るとすぐに到着。ここのカジノはホテルとは別棟になっていて、その玄関へ向かうアプローチの所に建っている。中に入ると、受付に女性の係が待っている。無料券を差し出すと、パスポートを要求される。しまった! ホテルの部屋のセイフティボックスに入れたままなのだ。カジノに入るには、パスポ−トが必要なことをすっかり忘れてしまっていたのだ。失念した旨を告げると、係の女性は仕方ないですねといった表情で、500Fのチップ1枚を渡して入場を認めてくれる。
分厚いドアを開けて中に入ると、すでに幾つかのテ−ブルではゲ−ムが始まっている。まだ時間が早いせいか入場者は少なく、30人足らずといったところだ。場内を見回すと意外とスペ−スは狭く、ム−ドも今一つである。これまでラスベガス、モナコ、マカオなどのカジノを経験したが、南太平洋の孤島とあってか、さすがに見劣りするのは否めない。すでにトランプとル−レットゲ−ムが始まっている。だが待てよ、全体を見回してもシンボルのスロットマシンがないぞ? いったいどこにあるのだろう?
もしかしたらないのかも? まずは、これで楽しもうと思っていたのに!
受付でもらったチップを持ってうろついていると、女性スタッフが私の意図を見抜いたかのように、「このチップでは、スッロットはできません。ここのゲ−ムだけに通用するものです。スロットは別にお買い求めください。」とのたまう。なるほど、このサ−ビスチップは当たる確率の低いゲ−ムで吸い上げ、その後はポケットマネ−を出させようとの魂胆らしい。このチップが誘い水のためであることは分かっているのだが……。
トランプゲ−ムはよく分からないので、ル−レットのテ−ブルに行き、ゲ−ムの様子をしばらく眺め入る。日本人の若いカップルもゲ−ムに加わって楽しんでいる。だが、成果はないようだ。不思議なことに、同じ番号の当たりが出ることがある。回転する小さな玉がこれも回転する円盤のポケットに入り、そのポケットの数字を当てるという単純で単調きわまりないゲ−ムだが、大金を賭けている当人は必死の気持ちだろう。
ゲ−ム進行係が交代したところで、私もこのチップを賭けてみることにする。手許に近い7番の数字に置いてみる。いよいよル−レットが勢いよく回り始める。やがて玉の回転が弱まり、回転盤の中にコロリと転がり込む。当たりは32番である。今度も前と同じ番号なのだ。やはりそこに賭ければよかったかな?と思っても、もう後の祭りである。こうして、500Fのサ−ビスチップはあっけなく回収されてしまうことになる。
これ以上居ても、自分のポケットマネ−をはたく積もりはないので、テ−ブルを離れ、バ−に行ってジュ−スを注文する。これとてサ−ビスのドリンク券と引き換えである。壁ぎわに設けられたテ−ブルに座り、場内のゲ−ムの様子をうかがいながら喉を潤す。小一時間は経っているのに、お客はあまり増えない。これでは商売もあがったり?
近くの係に、スロットマシンはどこにあるのか尋ねてみると、ドアの外の階段を下りた所にあるという。なるほど、地下の別室になっているのだ。それを聞いてジュ−スを飲み干すと、スロットに行ってみる。言われた通りに階段を下りていくと、ドアの向こうにマシ−ンが何列にも並んでいる。だが、お客はまばらである。1階と同じ広さの場内には、いろんな機種が並んでいるが、どんな操作の仕方なのかよく分からない。ゲ−ム中の客の背後に立って、じっと眺め入る。しかし、どれも単調なことには変わりはない。パチンコのほうが面白いのかもしれない。
ずっと昔にパチンコの単調さに飽き果てて卒業してしまったが、当時のことが思い出されて懐かしい気持ちになってくる。それにはまっている頃は、勤務時間よりも長い時間のめり込んで終日入り浸っていた時代もある。しかし、いつの頃からか、その単調な繰り返しに根気が続かなくなり、卒業してしまったのである。だから、今でもその気分の延長で、1か0かのギャンブルには食指が動かない。そうは言いながらも、宝くじは買っているのだが……。お客の様子をしばらく眺め入ったあと、引き上げることにする。
再び受付に申し出て、タクシ−を呼んでもらう。帰りのタクシ−もちゃんとサ−ビスしてくれるのである。至れり尽くせりの歓迎ぶりである。しかし、私みたいなしみったれ客には、その折角の投資も無価値に終わってしまう。なにせ、びた一文もポケットマネ−を使わず、それにもかかわらず、往復のタクシ−代とジュ−ス1杯をご馳走になるのだから、これではカジノ側も採算が合わない。こんな観光客ばかりだと、商売あがったりであろう。
そんなことを思いながら待っていると、タクシ−がやってくる。今度は珍しい白人女性のドライバ−である。この地でも女性ドライバ−がいるのだ。話しかける間もなく、くるまはホテルに到着である。別れを告げながら夜空を眺めると、星は見えないが風は凪いで雨も止んでいる。明日はどんな天候が待っているのだろう。時計は10時半を回っている。
部屋に戻ると、広いバスタブにお湯をたっぷりと張り、ゆっくりと全身を伸ばしながら横たわる。そして、外出禁止令に阻まれた今日一日の行動を静かに思い浮かべる。すると、ふと思いついたのは、今日はただの1枚も写真を撮る場面がなかったということだ。これまでの海外旅行体験で、こんなことは初めてのことである。その意味では、ほんとに寂しい一日となってしまう。その分を取り戻すためにも、明日に期待するしかない。
(次ページは「カナ−ル島編」です。)
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