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     N0.6




クロアチア編


旅のコース





首都ザグレブへ
リュブリャナのレストランで昼食を済ませると、バスは一路西へ向かってクロアチアの首都ザグレブを目指す。美しい草原の中に点在する小さな村の風景を眺めながら整備されたハイウェーを快適に突っ走る。


草原の中に小さな村が・・・


ここにも村が・・・


広大な農園が広がる


よく整備されたハイウェー


国境通過
出発から1時間ちょっと走ると、クロアチアの国境に到着する。ここでスロベニアの出国とクロアチアの入国手続きが必要になる。スロベニアの国境検問所に到着すると、みんな下車して出国のスタンプを押してもらう。小さな小屋の中に係官が座っており、各自パスポートを提示してスタンプを押してもらう。これでスロベニアともお別れだ。それにしても、もう少しましな事務所の建物を使ったらどうなのだろう? ここで事務所の建物に入り、そこの郵便局でクロアチア通貨クーナに両替を済ませる。これで入国準備OKだ。


国境検問所を通過中

バスに戻って再出発。ここから少し移動して、今度はクロアチアの検問所に到着。ここでは係官がバスに乗り込んで来て、パスポートにスタンプを押してくれる。乗り降りしないですむので、これはありがたい。これで無事入国を済ませ、クロアチアの風を切りながらハイウェーを走り進む。


クロアチアのこと
正式国名はクロアチア共和国。東ヨーロッパ、バルカン半島に位置する共和国で首都はザグレブ。1991年に旧ユーゴスラヴィアから独立した。西にスロベニア、北にハンガリー、東にボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビアと国境を接し、南はアドリア海に面しており、飛び地のドゥブロヴニクでは東にモンテネグロと接している。国土面積は5万6542平方キロメートル(九州の約1.5倍)、人口は444万人。宗教はカトリック、セルビア正教等で、言語公用語はクロアチア語。


・歴史
もともとイリュリア人が住んでいたクロアチア地域は、紀元前229年にローマ帝国の属領となる。西暦285年にディオクレティアヌス帝王がスプリット( Split) に建てた要塞は、東欧に現存するローマ遺跡としては最大規模。5世紀に西ローマ帝国が滅亡し、625年ごろに現在のポーランドに当たる地域からスラブ系部族がクロアチアへ移住した。16世紀になると、バルカン半島に領土を拡張するオスマントルコ帝国から身を守るため、北部クロアチアはオーストリア・ハプスブルク家に擁護を求めたが、その後ハプスブルク家の統治は1918年まで続く。


第一次世界大戦でオーストリア・ハンガリー帝国が敗北すると、クロアチアはセルビア・クロアチア・スロベニア王国の一部となる。この国は、1929年にユーゴスラビアと改名する。共産主義者のチトーが政権に就いた戦後のユーゴスラビアで、クロアチアは一定の自治権を与えられた共和国の1つとなる。その後、1991年にユーゴスラビアより独立宣言、翌92年には国連加盟を果たしている。現在、2010年のEU加盟に向け手続き進行中である。


・軍事力
兵役義務は6ヶ月(民間役務を選択した場合は10ヶ月)。国防組織は陸軍2万1千人、海軍4千人、空軍8千人の総兵力3万3千人を基幹に、予備役3万2千人を有するほか、警察と海上保安から成る準軍組織により編成される。


・経済
GDP(国内総生産、06年)は42,909百万米ドル。失業率は11.8%(06年)。


・貿易
日本→クロアチア:41.9億円、品目は自動車、電気機器、二輪車(06年)
クロアチア→日本:120億円、品目はマグロ、ワイン、繊維。


首都ザグレブのこと
クロアチアの首都ザグレブは緑に囲まれた美しい古都で人口973万人(05年)。パンノニア盆地南西部の地理的に恵まれた場所にあり、中央ヨーロッパとアドリア海を繋ぐ優れた交通の要衝となっている。交通上の立地に恵まれて産業が集中し、経済の主導的な位置を占めている。新石器時代以来、この地域には人間が居住していたらしく、14〜15世紀にかけて2つの集落が存在し、それが17世紀初頭には合併して集落ザグレブとなった。


市内は旧市街と新市街に別れ、旧市街には大聖堂、サン・マルコ教会などがあり、またゴシック様式とバロック様式の建物が多く、中世風の町並みがよく残っている。ハプスブルクの面影を残す壮麗な建物が並び、その中をカラフルなトラムが走り、オープンカフェで人々がのんびりとくつろぐ。長い歴史と伝統を大切にし、自然体で今を生きる魅力あふれる街でもある。


ザグレブ市内観光
スロベニアの首都リュブリャナを出発して、およそ3時間足らずの走行で午後4時ザグレブ市内に到着。ここでも現地ガイドを迎え、これから徒歩による観光が始まる。


国立劇場
車窓から最初に目に飛び込んできたのは、数本の列柱とアーチ形の窓、それに2つの低い塔を載せたやや濃いベージュ色のどっしりとした建物である。これが1895年に建てられたクロアチア国立劇場で、よく手入れされた美しい庭園が周囲を囲んでいる。エレガントな内装だそうで、ほぼ毎日公演が行われているという。この周辺には美術工芸博物館やミラマ博物館、ザグレブ大学など、文化的な建物が並ぶエリアとなっている。残念ながら、ここは車窓からの見物だけで内部には入らずである。


どっしりとして重厚な国立劇場


素敵な公園が見える


きれいな花で飾られたロータリー


聖母被昇天大聖堂
バスを乗り捨てて向かった先は、この街のシンボル、聖母被昇天大聖堂(聖母マリアと聖ステファンを祀っている)である。この街の中心・共和国広場の東端コーナーからカプトルの丘に続くゆるい坂道を上りあがると、目の前に壮大な大聖堂が聳え立つのが見える。2本の高い尖塔(高さは左が104m、右側が105m)をもつこの大寺院はネオ・ゴシック様式の建物で、13世紀以降モンゴルの侵略、大火災、19世紀の大地震によって損壊したが、20世紀初頭に現在の様式で再建されている。


聖母被昇天大聖堂。そびえる2本の塔は100mを超える。

大聖堂前の広場には、天使の像に護られた聖母像が黄金に輝きながら聳える塔上に立っており、それがひときわ目を引いている。大聖堂と向き合って見守るかのような神々しい姿がとても印象的である。


大聖堂を見守る黄金の聖母像

聖堂内に入ると、さすがにその天井は抜けるように高く、思わずその広い空間に天を仰いでしまう。どっしりとした高い柱、ゆるやかなアーチ型の天井が造り出す広い空間には大シャンデリアが垂れ下がり、奥には中央祭壇が置かれ、両側には長椅子が整然と並んて荘厳な雰囲気を醸し出している。また、長く伸びた窓の絵模様入りのステンドグラスが光に映えて、堂内に神聖な雰囲気をただよわせている。 


高い天井、長い柱、大シャンデリアが輝く聖堂内部。


長〜い窓を彩るステンドグラス


見事な絵模様入りのステンドグラス


壁面に掲げられた宗教画

中央祭壇の奥には第二次大戦中のセルビア人に対する強制改宗や大量虐殺の罪で訴追され、クロアチア独立後に名誉回復されたザグレブ大司教ステピナッツの人形像が安置され、参詣者の祈る姿が見られる。


(ザグレブ市内の航空写真:上下左右に移動して見られます)

右上手が「聖母被昇天大聖堂」、左下手の長方形が「イェラチッチ広場」


石の門
大聖堂を後にすると、モダンな建物とカフェテラスが並ぶ路地を通り抜けたり、中世の香りがただよう家並みを抜け、長い石畳の坂を上ってグラデッツの丘に向かう。


建物の上ににょっきりと突き出た教会の尖塔


路地にはカフェテラスがイスを並べる


古い家並みの路地を抜けて行く


長い石畳の坂道

赤い花に囲まれた騎士像(竜を退治した英雄で竜を踏みつけている)を見ながら曲がって上ると、その先に「石の門」が見えてくる。
美しい花壇に囲まれた騎士像


これが「石の門」。左手奥に奇跡のイコンが安置されている。

これは中世時代にグラデッツ地区を囲んでいた城壁門の一つで現存する唯一の門だそうだ。当時、木製だった城門は焼失したため、18世紀後半に石造りに替えられたという。その火災の時に唯一奇跡的に焼け残ったのが聖母子のイコン画(聖像)で、「奇跡のイコン」と呼ばれているそうだ。それ以後もこの小さな礼拝堂に安置され、敬虔な信徒たちの信仰の的になっている。


そのイコン画は残念ながら鉄格子の奥に安置されてあり、直に見ることができない。ということで、その隙間からの撮影にならざるを得なかった。


これが奇跡のイコン。金網越しに撮影。


聖マルコ教会
石の門を通り抜けてしばらく進むと、白亜の尖塔がそびえるカラフルなモザイク屋根が見えてくる。これが聖マルコ教会で、13世紀に建てられたゴシック様式の教会。その屋根は2つの紋章をカラフルなタイルで描いた屋根瓦が印象的である。左側の紋章は、クロアチア王国・ダルマチア地方・スロヴォニア地方の3つの紋章を組み合わせたもの、右側はザグレブ市の紋章だという。この鮮やかな瓦は19世紀にハンガリーのジョルナイ工房のセラミックで作られたという。


カラフルな屋根の聖マルコ教会

ザグレブの街にはカプトルとグラデッツの2つの丘があるが、その昔、この2つの地区は相対峙する敵対関係にあったそうだが、今ではカプトルの丘に聖母被昇天大聖堂が、グラデッツの丘には聖マルコ教会が、それぞれの丘のシンボル的存在として観光名所となっている。


共和国広場(イェラチッチ広場)
聖マルコ教会は外見だけの見物で教会内部には入らずである。ここから移動して市街が見下ろせるビューポイントに出る。左右の森に視界をさえぎられて180度の展望はできないが、旧市街の特有の赤屋根の風景や新市街のビル群の様子が眺望できる。



 手前の赤屋根が旧市街、遠くにビルが見えるのが新市街




丘を下ってブルーカラーのトラムが走る大通りに出ると、両側には歴史を刻んだ風格のある建物が並んでいる。今日は日曜日でショップも閉店しているし、なんとなく人通りも少なく静かなストリート風景である。ここからしゃれたカフェテラスの並ぶ裏通りを抜けて出店が並ぶ広場を横切り、ショッピングセンターのきれいなアーケードを抜けて共和国広場へ向かう。 


ここにも尖塔が見える


ひっそりとしたストリートをブルーカラーのトラムが走る


裏通りにはカフェテラスが軒を連ねる


広場には出店が並ぶ


日曜でひっそりとしたショッピングセンターのアーケード

この共和国広場は別名イェラチッチ広場とも呼ばれるザグレブの中心広場である。この「共和国広場」の名称は旧ユーゴ時代の名称で、クロアチアの独立後は「イェラチッチ広場」に改名されている。そのためクロアチア人にとっては共和国広場の名称は過去のものであり、現在のイェラチッチ広場の名称を使うのが好ましい。


このイェラチッチ広場は、前掲の航空写真でも見られるように長方形の広大な面積をもつ広場である。その中央にはイェラチッチ総督の騎馬像が置かれている。彼は19世紀、ハンガリ−王国からの独立運動の闘士で、クロアチアの英雄と称えられているそうだ。この広場の北側がカプトルの丘などがある旧市街、南側が新市街となっている。


日曜で人出が少ないイェラチッチ広場。右手遠くにイェラチッチ総督像が見える。

広場の周囲にはパステルカラーのヨーロッパ風建物が建ち並んで、都心らしい雰囲気をただよわせている。普段の広場には多くの出店が並ぶらしいのだが、今日は日曜日のためそれも見られず、人出も少なくてひっそりとしている。ただ、片隅にある噴水池でのんびりと憩う人たちの姿が見られるぐらいである。私も一緒になって階段に座り込み憩っていたのだが、酔っ払い老人がいて何やら大声でわめき出したので、からまれたら大変とそそくさと退散する。


広場の一角には噴水池が・・・


ザグレブの観光情報
現地ガイドの話では、デイリーの市内観光は組まれていないとのこと。だからオーダーによる観光ガイドになるとのことである。それ以外だと、個人で自由に観光して回ることになる。前述のレポートでも分かるように、市内の観光ポイントは少なく、徒歩観光の範囲で十分である。これは首都リュブリャナの場合も同様である。なお、ツーリストインフォメーションがイェラチッチ広場に面した所にある。


ホテルへ
以上でザグレブ市内の徒歩観光を終わり、今宵の宿泊ホテルへ向かう。ところで今夜の夕食だが、珍しくもフォークロアショー付きのディナーということで期待に胸がふくらむ。どんな民族舞踊が見られるのか楽しみだ。


フォークロアディナー
部屋で一息ついた後、7時ごろになって市内のレストランへ出向く。そこはビアホールみたいに広いスペース空間が広がる室内で、中央に空けられた狭いスペースでショーが行われる。それを見ながら飲食するわけである。


広いホールのようなレストラン

まずは料理が運ばれ、夕食が始まる。メニューは前菜、野菜サラダ、メインは七面鳥のステーキ、そしてデザートは甘いお菓子である。飲み物はビール小ジョッキ(80クーナ=約1600円)を注文。


メインはチーズのソースがかかった七面鳥のステーキ

冷えたビールで喉を潤し、ディナーがひとしきり進んでいい気分になったところで、民族衣装を着けた楽団による民族音楽の演奏が始まる。楽団は5人編成でバイオリンやコントラバス、それにギターに似た楽器を演奏する。なかなか楽しく賑やかなリズムとメロディで、うきうき気分になるのには十分である。この楽団の一番の特徴はかなりの年配のOBたちだということだろう。


民族衣装に身をかためた民族音楽の楽団


(動画)リズミカルなテンポの民族音楽が心地よい


民族音楽の演奏がひとしきり終わり、しばしのブレイクを入れると、再び登場して演奏が始まる。今度は民族衣装に身を包み、赤い傘をさしたうら若き?女性たち4人が登場し、音楽に合わせて合唱したり、黄色い?声を発しながらダンスを始める。オールドボーイにオールドガール!! なんとも元気な方々である。年齢が近いだけに何となく親近感がもてるのは私だけなのだろうか? 


(動画)赤い傘に民族衣装がよく似合う女性メンバー



(動画)軽やかに踊りながらも息切れ?のご様子・・・



さすがOGの登場には一同期待はずれ?で、その意外感にしばし沈黙・・・。フォルクローレと言えば若いお嬢さん方が登場するのだとばかり一人勝手に決め込んでいたのだが・・・、それを見事に裏切られてしまう。なんと先週は若きお嬢さん方の出番だっと聞けば、なおさら無念さがつのるばかり・・・。(いえいえ、決してそんなことはありません。若々しく素敵な皆さんばかりです!)


ショーもたけなわになるころ、今度は周りのお客を引き込んでのダンス競演が始まる。軽やかなメロディーに乗って、みんな楽しそうにステップを踏みながら踊り回っている。そんな場面を撮影していると、なんと今度は私までが素敵なOGさんに手を引かれ、一緒にダンスをする羽目に〜! 
“Oh my god!” と心で叫びながらも、昔とったダンスのキネヅカよろしく、結構ノリノリで踊り始める。なんと楽しい夜だ!



(動画)すっかりメンバーの一員になった?




(動画)客も一緒に賑やかで楽しい踊りがつづく・・・



ホテルへ
こうして楽しく和やかなひと時が流れ、素敵で思い出深いザグレブの夜は更けて行く。たっぷりと楽しんだ後、ホテルに戻ったのは9時過ぎのことである。シャワーを浴びて、ゆっくりとベッドに横たわる。明日は待望のプリトヴィッツェ湖群の観光だ。ただただ好天を祈るばかりである。果たして今宵は、どんな夢を結ぶのだろう?



(次ページは「プリトヴィッツェ湖群観光」編です)