N0.14




ヒル・トップへ
真っ直ぐ進んで行くと、すぐに自動車道路に突き当たる。さて、この道の左右どちらに進めばいいのだろう? 案内表示も何もなく、皆目ヒル・トップへの方向が分からない。通行人の姿も見えず、ただ走り去る車だけでお手上げである。地図を見ればフェリーの波止場から真っ直ぐ進む道路があるようになっているのだが、そんな道はどこにもなく、T字型に道路にぶっつかってしまう。


山道に入る
そこでやむなく、当てずっぽうに左へ曲がって少し様子を見ることにする。左に湖を眺めながら少し進むと、右手の山中に下のような木製の小さな表示板が目に留まる。だが、その書かれた文字が風化して消えかかり、よく判読できない。“Path(小道、散歩道)”の文字は大きくて分かるのだが、他の文字は薄れて読み取れない。辛うじて「Hill Top」の小さな文字が読み取れるぐらいである。ひょっとしたら、この山中の小道がヒル・トップへの近道なのかもしれない。そう判断してこの道に分け入る。後で思えば、無謀なことをしたものだ。


風化して文字が消えかかった表示板。ここから山道を入って上る。

細い藪の小道を自転車を押しながら坂を上って行く。森の中の薄暗い中を懸命に自転車を押して行く。果たしてこのまま進んで大丈夫なのだろうか? 薄暗く、人気のない山中だけに不気味で不安になってくる。引き返すわけにはいかないので、とにかく上り道を前進する。息をはずませ、汗だくになりながら必死になって押し進む。かなり進んだところで、やっと舗装道路に抜け出る。やれやれである。


入り込んだ山道はこんな感じ。自転車はレンタルしたマンテンバイク。


やっと道路に出た

道路に出たもののここも上り道で、ギアチェンジしながらえっちらおっちら漕ぎ上がる。吹き出る汗をぬぐいぬぐい進んで行く。かなり進んだところで、再び“Path”の表示が目に留まる。ままよとばかりに、その山道に入り込み、今度は自転車から下りて押し進む。後で思えば、これも大変なコースを選んだものである。とても他の人にはヒル・トップへのサイクリングは勧められたものではないなあ・・・と独り言をいいながら上って行く。


しばらく進むと別荘みたいな建物が見えてくる。庭園付きのちゃんとした建物だが、2軒とも人の気配はない。ドアが開くので“ハロー”と大声で叫んでも何の応答もない。古びた車もあるのだが、どうしたのだろう? これでは道を尋ねようがない。あきらめて、再び山中に入り、坂道を歩いて挑戦する。これでは何のためのサイクリングか分かりはしないなあ〜とぼやきながら進んで行く。こんな坂道や野道ばかりでは、かえって自転車が邪魔である。


苦難の野道
やがて再び作業小屋らしい建物が見えてくる。誰か人が居ますようにとの願いもむなしく、そこにも人の気配がない。ここで野道が分岐しているので、果たしてどちらに進めばいいのか分からず、途方に暮れてしまう。滝のように流れる汗をハンカチで拭きながら、深呼吸する。ハンカチも汗でびしょびしょで、絞りながら使わないといけないほどである。まさに立ち往生とはこのことだと思いながら、地面にへたり込んでしまう。もう、ずいぶんと疲れきっていて、くたくたである。


と、その時、若いカップルが向こうの斜面の野道を下りて来る姿が目に留まる。そこで急いで駆け寄り、道を尋ねる。彼らはヒル・トップの方向から来たといい、少々ハードだけど、この道をたどれば着けるという。自転車も押してなら行けるという。少し安心して、彼らが押し開けて来た柵の扉を見ると、その横に10cm平方ぐらいの板に「Hill Top」と小さく書いてあるのが目に留まる。なんと案内の悪いことか! これでは目に留まるはずもなく、みんな迷ってしまうに違いない。


とにかく、彼らの言葉を信じて行くしかないと覚悟し、自転車を押しながら坂を進んで行く。しばらく上って行くと、今度は胸の高さまである鉄柵の通路が現れる。よく見ると、その柵はジグザグに造られていて、車馬が通れないようになっている。これでは自転車も通れない。一難去ってまた一難。疲労困憊の状態なのに、これにはほとほと参ってしまう。どうしたものかと考えてみるが、ここまで来たからにはただ前に進むしかないと決断する。そこで、残りの力をふりしぼり、自転車をタテに起こして持ち上げながら、やっとのことで通過する。


再び転倒
これでどうにか最大の難所を越えると、再び山道を進んで行く。間もなくすると道もやや広くなり、下り坂になる。ここでやっと自転車にまたがり、ゆっくりと走行する。しばらく下って行くと、その向こうに駐車場が現れ、周りに人影が見える。「これで助かった!」と胸を撫で下ろし、山道から駐車場に出ようとストップする。と同時に降りようとすると、その途端にバランスを崩して足をとられ、自転車もろとも転倒して前にばったりとつんのめる。


やや広くなった山道

その際に、左手で強く支えたため少々の手首の捻挫をしたらしい。さらにまた膝小僧の打撲と擦過傷、そしてまた腕に軽いかすり傷を負ってしまう。大事に至らず、チェーンも外れていないので走行するのに支障はなく、最小限の範囲で事は収まる。(その時の事故から2ヶ月以上経った現在でも、まだ手首の異常感が少し残っており、また膝小僧の傷跡も消えずにくっきりと残っている。)






 途中でこんな素敵な風景に出会った




気を取り直して立ち上がり、駐車場へ入って立ち話をしているグループに近づく。そしてヒル・トップへの道を尋ねると、前の道路を右に行けば間もなくで到着するという。これを聞いてほっとした気分になり、礼を述べてその方向へ自転車を走らせる。今度は舗装道路で問題なく、それほど坂道もないのでスイスイと快適に走行する。丘陵地帯の上まで上りあがったようだ。


ヒル・トップ到着
ここをしばらく走ると、小さな村が見えてくる。ヒル・トップの家があるニアソーリー(Near Sawrey)の村である。この一角に、ピーター・ラビットの作者ベアトリクス・ポターさんが住んでいた家と農地があるはずだ。ようやく目的地に到着した喜びと安堵感がわきあがる。



 静かなニアソーリーの村。この左手にヒル・トップの家がある。



 ヒル・トップ前の草原




通行人に「ヒル・トップはどこですか?」と尋ねると、「その先の駐車場にある事務所で入場券を買ってください。」という返事。いわれるままにしばらく走ると駐車場があり、その奥に小さな事務所が見える。そこでチケットを求め、案内パンフレットをもらう。ヒル・トップの場所を教えてもらい、自転車はワイーヤーロープで柱にくくりつけて残し、てくてく歩いて行く。


ヒル・トップの入場チケットを求めるよう促すナショナルトラストの掲示

教えられた道は今通って来た道で、そこを見回しながらどんどん進んで行く。ところが、どうしてもそれらしき場所が見当たらない。道路の右側に草原が見えるので、その方向かと思いながら一段高くなった道路沿いの野道を歩き始める。しかし、草原だけで何も見当たらない。いったい何処にあるのだろう?


仕方なく引き返そうと思って戻り始めると、同じ野道を1人の女性がこちらにやってくる。そこでヒル・トップの場所を尋ねると、「あなたは通り過ぎてしまっていますよ。私が案内しましょう。」というので、「いえ、自分で探しますから結構ですよ。」と遠慮すると、「いまウォーキング中なので歩くのは問題ないのですよ。」といいながら、わざわざ戻って案内してくれる。


数十メートル戻ると、目的のヒル・トップの前に出る。そこで礼を述べて別れる。私の注意不足なのか、この建物が目に留まらず、迂闊にも素通りしてしまっている。一応、看板の表示は出ているのだが、それにしても、ひっそりと目立たず、つい見過ごしてしまったらしい。もっと目立つ案内があればいいのだが、どうも景観保護のためか、山道その他すべての案内が控え目になっている。私みたいな不注意者には、それが見過ごす原因になっている。


ヒル・トップの入口にあるショップの建物

ヒル・トップの家
ヒル・トップの入口は小さな木の扉で、その前に石造りの家が建っている。ここは小さなショップで、この横を通り過ぎて奥へ進むと、奥行きの長い庭園になっており、細い石畳の道が続いている。その片側はお花畑になっていて、とりどりの花が咲いてはいるが、手入れが行き届かず雑然とした感じである。


ヒル・トップの入口








 ヒル・トップの入口(昔もこんな扉)

















ヒル・トップの庭園。この奥に家がある。

この庭はベアトリクス女史自身が設計したものだそうで、多種類の草花に関心があったらく、当時の種類の草花が今も維持されているという。囲いのフェンスの向こう側は小高い草原になっているが、ここからその先の見通しはきかない。ひょっとしたら、この丘がヒル・トップなのかもしれない。



 庭園の向こうには小高い丘が見える。これがヒル・トップの農地?




この長細い庭園の奥に蔦かずらに覆われた古い2階建ての建物がある。これがベアトリクス女史が住んでいた家で、内部は当時のままに保存されている。内部の写真撮影は禁止になっており、家内には係員の女性3人が1階と2階に分かれて案内役を務めている。


ベアトリクス女史が住んでいた家。(手前から撮影)


家の前で撮影









 彼女の作品にはヒル・トップの
  家と庭が舞台になっているもの
  がある。(パンフレットより転載)














入口を入ってすぐ右手は大理石でできた暖炉のある応接間風の部屋になっていおり、古いテーブルセットが置いてある。壁には数枚の絵が掛けられ、古い置物が置かれている。


入口を入った正面フロアはリビングとキッチンになっており、その奥に何やら小部屋がある。二階へ上がると、すぐ右手に大きな絵画が4枚掛かったゲストルームがあり、その隣はベッドルームで17世紀半ばの四柱式の大きなベッドが置かれている。


ベッドルームと四柱式の大きなベッド(パンフレットより転載)

左手の部屋へ移ると、まずコレクションルームがある。そこには彼女が集めた骨董品や記念品が飾られている。小さな人形、ミニチュアの陶器、普通サイズの陶器、アルプスの小さな絵、紫檀の茶棚など、チャイナ関係のコレクションが多く見られ、女史の趣味が垣間見られる。


その隣室はシッティングルーム(居間)でピアノに似た物書き机が置かれ、コーヒー茶碗のセットが置かれた棚もある。また壁には多数の絵画が掛かっている。この部屋で素晴らしい自然環境にひたりながら、作品に没頭したり、あるいは憩いのひと時を過ごした様子がうかがえる。


1階にはリビングルームが、そして2階にはシッティングルームがあるので、この違いを案内係に尋ねてみる。すると前者は料理をしたり、アイロンをかけたりなど家事をするところで、後者のシッティングルームはゆっくりと休息専一に過ごす部屋なのだと言う。なるほど、そんな使い分けがあるのだ。この点はちょっと日本の感覚とは若干異なる。部屋数が少ないせいかもしれない。


サンドとミルクで昼食
ひととおりヒル・トップの見学を終えると、自転車を置いた駐車場へ引き返し、事務所前の木陰にある古びた木のベンチに腰を下ろして持参の弁当を開く。お腹も空いているので、そのおいしいこと。大きいミルクパックなので、分量もたっぷり。それをごくりごくりと飲み込みながら、サンドを食べる。滝のように流した汗のせいもあって、喉もよく渇いている。疲れ果てた身体にやっと栄養分が行きわたり、生気が蘇って来る。


予定変更して帰途へ
このニアソーリー(Near Sawrey)の村からもう一つ先のHawksheadの村まで行く予定だったが、この疲れきった身体ではそれも自信がない。自転車の返却も夕方5時までになっており、それを過ぎると2日分の料金になってしまう。そんなことを勘案すると、ここでUターンしてウィンダミアへ戻るのが無難のようだ。無理して事故でも起こしたら目も当てられない。もう3時を過ぎている。


そう判断すると、やおら腰を上げ、自転車のロックを外して出発する。帰路は舗装された下りの自動車道路をスイスイと快適に走り下りるだけ。草原の風を切りながら走るのは爽快この上ない。これで往路の苦労も一気に吹き飛んでしまう。帰路はあっという間にウィンダミア湖畔に出てしまう。



 フェリー発着場付近の湖岸から眺めた対岸の風景(ヒル・トップへの上り口付近)。対岸の左側方向がボウネスの町。




この時わかったことだが、この道路の上り口までは、フェリー発着場を出てから左方向へ折れ、そこから湖畔に沿ってかなり走った地点だということ。地図ではこの上り口がフェリー発着場から直線でつながっているように見えるのだが、それがかなり違うのだ。それで分からぬままに山道に迷い込み、悪戦苦闘のヒル・トップ行きとなったわけである。


ヒル・トップへのコースは、実はフェリー発着場から上陸して直進し、大通りに突き当たると、そこを左に折れて湖畔をしばらく走る。すると、右側にカーブしながら坂道になり、そこから山中に入ってヒル・トップへ向かうのである。そんな案内表示が上陸地点の交差点にあれば助かるのだが、その点の不案内が問題である。このことが、下りおりた今、初めて判明したというわけである。


フェリー乗り場に近づくと、乗船待ちの車が列をなしている。みんな近道のこのフェリーを利用するようだ。こんな場合、自転車は気楽なもので、車の列を尻目に悠々と通り過ぎ、船着場に到着する。ここまで来れば、もう迷うことはない。安堵の胸を撫で下ろしながら乗船する。さすがに自転車は少なく、往きも帰りも私だけである。見覚えのある運賃の集金係が船内を回っているので50ペンスを支払おうとすると、「ノー プロブレム」と言いながら首を横に振って受け取ろうとしない。どうも帰路の運賃は不要のようだ。


海のロープウェー
フェリーは静かに離岸し、対岸のボウネスを目指す。ふと何気なく船側を見ると、ワイヤーロープが伸びている。ん? これはなんだろう? よく見るとロープを船側の車輪にからませて進んでいる。なるほど! これは海中に張られたロープを巻き取りながら進んでいるのだ。いわゆる“海のロープウェー”というわけだ。道理でエンジン音もなく、静かに進行できるわけである。これも環境保全の一環で、湖水の汚染を防ぐためなのだろう。こんなところにまで神経を使っている国なのだ。


船側の車輪でワイヤーロープを持ち上げながら航行する

無事ゴールイン
対岸に到着すると、慣れた道をボウネスの波止場目指して疾走する。そこで休憩した後は、ウィンダミアの町を目指して走り上って行く。ボウネスから、かなりの急坂が待ち受けており、その部分は自転車を降りて押して行く。往きはよいよい、帰りは怖いで、この坂道は自転車にとって難コースである。こうして乗ったり、押したりしながら、やっとのことでレンタサイクル店に帰着する。午後4時半のことで、なんとか5時前のゴールインとなる。


スーパーで食料調達
自転車の車体のチェックを受け、異常なしということで無事返却となる。ほっと一段落したところで、すぐ隣接のスーパーに行き、リンゴ3個、オレンジ3個、ファンタジュース1本、その他今夕の食料を調達する。一刻も早く宿に戻り、疲れきった身体を休めたいとの思いで、急ぎ宿に戻る。部屋に入ってシャワーを浴び、やっと自分の身体に戻る。そしてお湯を沸かし、コーヒや紅茶を入れて夕食とする。


夕食を終わって一段落すると、どうも今夜は喉が渇きそうである。そこで再び外出してスーパーへ向かう。缶ビールを調達したいのだ。売り場を見ると、全部4本パックになっている。そこで係に1本売りはないのかと尋ねると、個別売りはないという返事。4本買ってもいいのだが、冷蔵庫がないので考えものである。しかし、喉の渇きに押されて結局買うことにする。4本で£3.99(940円)。部屋に戻ると、持参の柿のタネをつまみに1缶をぐっと飲み干す。


想い出のサイクリング
今朝は一番列車でこの湖水地方にやって来たが、今日一日を有効に活用できたことを思えば、やはりその甲斐があったというもの。思わぬ難コースで、これまで体験したサイクリングでは最もハードなもので怪我までしながら悪戦苦闘したが、それも旅の素晴らしい思い出になるに違いない。それも普通には体験できないことだけに、満足度も大きいものがある。


とにかく今日は快晴に恵まれてサイクリングも一応無事に終了し、めでたし、めでたしである。明日は楽しみの10湖めぐり観光だ。その夢でも見ながら、ゆっくりと疲れを癒そう。


宿泊したB&Bの室内とベッド



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