<2日目>

21日(金)…9:30から、佳景中学校で演奏をしました。自分の演奏以外に、そこの生徒さんによる唄と踊りがありました。生徒さんは上手でした。多くの人の前で自分も演奏し、大きな拍手をもらいました。また、新聞社の人が取材に来ていました(翌日、忠清北道の新聞に写真付きで掲載されました)。





Ro JAE−JEON校長先生(左)
校長先生のおかげで実現できました。















篠笛の演奏















和太鼓の演奏














篠笛の演奏











昼食後、「忠北再活院」(150人ほどを有する心身障害児施設)に行きました。Ro校長先生との初めの頃のメイルのやり取りでは、学校以外、予定に入っていなかったのですが、障害児施設でも演奏したいと私が要望を出すと、Ro校長先生が快く受け入れてくれたのです。障害児施設は、行く前はてっきり1ヵ所だけと思っていたのに、24日に帰りの切符が取れなかったことが幸いし、1日延期になったことで、24日の日も別の障害施設ですることを要求され、非常に嬉しく思いました。
 

神父さんが院長の「忠北再活院」では、15:30から演奏しました。子どもたちが一緒に歌ってくれ(韓国の歌を笛で吹けるように、自分で数曲譜面を書いて持って行きました)、真剣に聞いてくれている様子がよく分かりました(こんな感じで、子どもたちが真剣になって聴いたことは、今までなかったと世話をしている女性の方が言われました)。






忠北再活院にて
和太鼓の演奏









障害を持った大人の人も来ていて、終わった後、話がしたいとのことで、目の見えない人などを交えて、互いにざっくばらんに話をしました。日本人がこんな所まで、一人で本当によく来てくれましたと礼を言われた時、自分は生きていると実感しました。


その後、茶道をしている人の好意で、韓国のお茶をごちそうになりました。チマチョゴリを着たきれいな人が点ててくれました(この時、カメラを持っていなくて、今でも、悔やまれます。来年のカレンダーにしたかったのですが…)。茶道の先生が丁寧に説明してくれて、韓国と日本の茶道での作法の違いがよく分かりました。お菓子も手作りで、美味しく頂きました。
 

その日の21:20〜21:40の間に、MBCのテレビに出るかも知れないと言われていたので、ホテルに帰って21:00から真剣に見ていました。テロのことが延々と続き、21:39に、一番最後のニュースとして、ローカル(慶忠北道)で出ました。しかし、実際の演奏の場面は出なく、演奏の後に障害児と自分が握手していた場面が主として出ただけでした(テレビ局の人のミスで、演奏する時間に間に合わなかったからだそうで、演奏の放映できなかったとことをわびていました)。
 

その後、また外に出て、電話を家内と母にした後、いつもは眠る時間なのに一人でカラオケに行き、「イルボンノレイッソヨ(日本の歌ありますか)?」と聞いて、何とか自分なりにカラオケ操作を覚えて行き、歌って帰りました。30分ほどだったのに12000ウォンで、高速道路代金よりも高く、少し驚きましたが、韓国では、一人でも何人でも同じで、1時間どこでも同じ料金とのことでした(やはり、韓国では、それでもカラオケ代は安いです)。前もって、30分と言えば、半分の金額になることを後で知りました。