

<12月27日 エジプト1日目> 朝9時ごろ起床。早速、夜充電していた日本で使っている携帯電話の調子を見てみた。というのも、この携帯ナイロビの宿で充電しようとしたら、ッパーンと音がして煙が出たのでダメだろうと思っていた。しかし、寝る前もう一度ドゥバイで試してみようと思い再び充電してみたところ、日本での充電の時のように一応ランプがついたのである。もしかして煙こそ出たけど、壊れていなかったのかも? と甘い期待をしていたのだが…。 朝起きてみると、どうやらランプも消えてやはり普通では無い! 壊れているんだなとほぼ確信した。まぁ煙も出るくらいだから、これで普通に動いてもそりゃ何かは問題といえば問題だろうけど、、、。体調は、まさにエッジ・オブ・ザ・ナイフ状態であった。微妙、治っているといえば治っているが、この先少しでも油断しようものならすぐに悪化していくような、そんな感じだった。 何はともあれ、腹が減っては何もできないのでとりあえず、昨日もらったミールバウチャーをもってレストランへ。食欲は割合失われておらず、それなりに(普通の大人の2人分位)食べたのだが余り食べた気がせず、さらに気分が悪くなってきたので部屋に戻り持って来てたかぜ薬を飲んで再び横になった。 その間何度かうとうとしていたかもしれないが、2時間ほどしてチェックアウトの時間も近かったのともう寝れないと感じたのでチェックアウトし、水やコーラやチョコレートなどを買出しして再びミールバウチャーを持ってレストランへ。 そうそうこの時、サンブルでプールに入って以来耳の調子が悪く綿棒を持って来るのを忘れてたため綿棒を買って早速耳に入れてみた。案の定どろっとしたものが出てきたが、思ったよりその量は少なく自分としては耳の詰まった感じからしてもっととれるんじゃないかとかなり耳に突っ込んだが、それ以上は無理であった。しかも耳の中の詰まった感覚はそのままである。 レストランではやはり食欲が無く、ライスを少々、りんご、ジュースぐらいしか口に入れなかった。何だかんだと14時過ぎになっていたので、カウンターへ早めだが行って待っていた。1時間ほど待って、チェックインが始まり、さらに1時間後ぐらいには機内に入っていた。 しかし、ここでも手荷物検査は何回か行われた。とにかく今回はそれが面倒だった。やはりテロの影響を思いっきり受けていた。ドゥバイ〜カイロ間は、2時間ぐらいかな? と思っていたが、意外に遠く3時間半ぐらいのフライトであった。(ドゥバイとカイロは2時間の時差があり、ドゥバイと日本は5時間時差があるから、日本とカイロは7時間の時差となる。つまり、日本が夜の7時ならカイロはお昼12時である。) 今回も当然バックパックは預けているのでターンテーブルの脇で荷物を待っている間は緊張した。ドゥバイを出るときは体調はいまいちであったが、飛行機に乗ってからは普通の体調に戻っていた。酔うことも、気分が悪くなることも無く、無事カイロに着き、さらに荷物も無事届いた。たかが荷物が届くという当たり前のことながら、非常にうれしかったのを覚えている。とはいえ、もちろん今回は手荷物の量をふやして最悪荷物が届かなくても旅はそのまま続行できるようにはしていたが…。 カイロの空港では荷物を受け取った後両替をして、そこでVISAの印紙US15$を購入してからイミグレの列に並んだ。とりあえず最初の両替の時に1万円を替えた。1万円で346E£だった、つまりは1E£=29円位である。大体30円と聞いていたのでまぁレートとしてはこんなもんかと思った。 ただ一つ気になっていた点があった。それは、エジプトでは他のアフリカ諸国からの入国者に対してはイエローカード(予防接種の証明書みたいなものらしい)の提示を求めていると聞いていたことだ。自分は当然予防接種などしていなかった。もし言われたら知らぬ存ぜぬで通すか、最悪は賄賂で逃げ切ろうなどと思ってはいたが、実際は気が抜けるほどあっさりと数十秒でパスした。 ついに今回の二つ目の目的地、エジプト入国である。しかし、旅程の問題でエジプトには元旦の夕方までしかいられない。ケニヤに比べ時間が無いのだ。しかも、自分は旅そのものももちろん好きだが、遺跡の観光も好きなので厄介だった。エジプトは遺跡の宝庫だからだ。とはいえ、当然その程度の日数ではエジプトの見所もそんなには周れない。さてどうしようかとドゥバイあたりから考えていたが、今回はナイル川に沿ってガイドブックの写真を見ながら直感的に見たいと思ったところを周ることにした。 その結果、候補として現れたのがピラミッド(まぁ当然でしょう)、ルクソール(ハトシェプスト祭殿、王家の谷、ルクソール神殿、カルナック神殿)、アスワン(ここは、アブシンベルの中継地点としてしか考えてなかった)。しかし、これらの移動距離は相当なものであり、短期間でこれらを周るには飛行機を使うしかない。しかも、今は既に夕方、明日チケットを取り出すのではもう遅いかもしれない! ということで、イミグレを通り過ぎたら、すぐさまエジプト航空のオフィスを探しチケットの手配を頼んだ。 当初は遠い順にアブシンベルからカイロに戻るルートで帰ってくるようにチケットを取りたかったが、そのルートだともう席がないらしい。なんとかかんとかスタッフのおばちゃんに頑張ってもらいカイロ〜ルクソール〜アスワン〜アブシンベル〜(アスワン)〜(ルクソール)〜カイロというルートで取ってもらった。 この際意外だったのが支払いである。当然、US$払いであろうと思っていたのだが、E£にしてくれといわれた。US$でも大丈夫でしょ? と聞くと、申し訳ないがE£でないと受け取れないという。チケット代は1820E£だった。うーん、結構するなぁと思いつつ、今回はここまで来たのだから、見たい遺跡は見ようと奮発することにして、再び両替所に行き持っていたUS$全て(といっても447$であったが)を替えた。全部で2033E£だったので、1E£=0.22US$ぐらいである。 冷静にこのレートを見ると日本円から替えるよりもUS$の方がレートがいい。しかしもっと驚いたのは、その2033E£の端数を除く全てを20E£で渡されたことである。かなりの紙幣で100枚以上である。こんな枚数の紙幣を自分のお金として持ったことは無かったので、なんか変な感じだった。 オフィスを出た後はカウンターゲートを出てからずーっと自分の跡を着いてきたタクシードライバーがまた着いてきて、余り気乗りはしないが、とりあえず宿を決めてなかったので、そこら辺のベンチに座ってガイドブックを開いた。事前準備が結構めんどくさくて、ついつい自分の場合行き当たりばったりになってしまう。 そこで、日本語のE-mailもできると書いてあった宿、ペンションさくらという所に行くことにした。付きまとっていたドライバーに聞いてみると、オッケー大丈夫だという。何か怪しいなぁと思いつつ、まぁ大体のドライバーはこんなもんかなぁと思い、彼の車に乗ることに。車まで歩いている途中、警官が寄って来ていくら払うのかと聞いてきた。そこで交渉した25E£だよというと、そうかそうかとその値段なら大丈夫だというようなことを言っていた。もしそこで向こうの言い値でぼられていたなら、警察はそりゃ高すぎるとドライバーに何かしてくれるのだろうか? ふと、面白いなぁと思った。まぁドライバーにしちゃ迷惑な話だろうけど。 しかし、まぁエジプトのドライバーの商売根性はすごい。結構エジプトはアラブ商人気質があるから面倒とか疲れるとか聞いていたが、本当にその通りである。割合自分はそういうのは平気な方ではあるものの、車に乗って少し走り出したと思ったら、すぐになにやら紙を見せる。何かの表らしい。聞くとタクシーの料金表だという。おいおい、今さっき25E£って決めたじゃないかよ。そして、タフリール広場の方だとよく覚えていないが70E£とか80E£ぐらいの金額を言い出した。バカなこと言うんじゃねぇーよと相手にしなかったが、あまりにしつこくUS$でもいいんだとか言い出すもんだから、さすがに頭に来て「空港へ戻れ! お前には1E£たりとも払わねぇ!」と怒鳴ると、そんなに怒るなよといいながら、でもここからは遠いんだとか懲りもせずに金を取ろうとする始末。 何度か怒鳴ってやったら収まったが、エジプトでのタクシーはほとんどが外国人と見るやこんな始末だった。さすがにエジプトではタクシードライバーが嫌いになった。しかも、さっき分かったといいながら何度も宿の名前を聞いてくる。間違いなくこいつ知らないなと思いまぁ近くまで行けば後は自分で行くことにしよう。(もっとも宿の前まで行けば、そりゃ知らんわというようなところだった。)もっともヒルトンなどならまだしも安宿ではそんなのいちいちドライバーは知らないよなぁ。 行く途中今度は自分がマージンをもらえるのだろう、どこどこの宿はどうだ? 安いしいいぞなどと言ってきたが、とりあえずその手の勧誘は無視してるので相手にしなかった。しかし、全く地理感も無く地図のどこを走っているのかも分からないので、ちゃんと宿に行けるのかな? 結構時間がかかりそうなのが不安だった。なんたって明日はルクソールに向けて朝6時発の飛行機である。今日は早めに寝ないといけない。 そうこうしているうちにやっとタフリール広場らしき所に着いた。そこから、歩いている人に聞いたりして探すが一向に見つからない。散々聞いて、やっとさくらを知っているという青年と会うことができた。彼は一緒に車に乗って案内してくれるという。やさしいなと思う反面、あとでお金でも要求してくるのかな? という疑念もあったが、とりあえず親切は素直に受けることに。 車の中で話したら彼の兄は日本で旅行代理店の仕事をしているのだという。もしかしたら、自分が日本人だから親近感を覚えて親切にしてくれてるのかも知れない。さっきまでぐるぐる同じような所を回っていたのだが、全くの見当はずれで少し離れた所へ彼が案内してくれて、その後は直ぐに宿は分かった。ある建物の5階ぐらいの所だった。宿のあるビルの看板を見て一瞬驚いた。そこには日本語で“ペンションさくら“と書かれてあったのだ。もしかして、というより、完璧にこれは日本人宿ではないか?! 自分は、旅先でくらい日本語から離れたいとか、得てして日本人向けの所は値段が高かったりするので基本的に日本人宿と呼ばれるような所には行かないようにしている。ところが、、、である。時間もそんなに無いし、道を教えてくれた青年にも悪いのでとりあえず、その日寝るだけなのでさくらに泊まることにした。ドライバーは今度は散々探し回ったんだからその分金をもっとくれなどと寝ぼけたことを言っていたが、無視して25E£を払おうとしたら、お金が細かいのが無くその青年が貸してくれた。 しかし、地図を見て大丈夫といっておいて、自分が探しきれなかった上にその青年のおかげでつけただけなのに、より金をくれとはほんとずうずうしいもんだと、その時はほんとひどい運転手だと思った。後にこんなドライバーはいくらでもいることが分かるのだが…。 その青年は親切にもというより、自分にお金を貸しているのもあるのだろうが、その宿の階まで案内してくれた。そこで、スタッフの知り合いで宿の手伝いをしている人に両替してもらい彼にお金を返したがその際にいくらか要求されることは覚悟していたが、彼は何も要求せずに帰っていった。おぉ、本当に親切な人なんだなぁと気持ちよくいたら、またさっきのドライバーがやってきて、これでは足りないなどとぬかし、もっと金をくれという。スタッフの手伝いをしていた人が日本人だがアラビア語を話せるらしく通訳してくれたので、きっぱり断ったらえらい不満そうに帰っていった。 エジプトに入国した途端、そんなドライバーにあたったもんだから、第一印象はあまりよくない。そうそう、しかも彼はほとんど英語が話せなかったのもいらいらした一因であろう。一応始めに話せるかと聞いたのだが、もっと確認しておけばよかった。地理感も何も無い状態だとある程度言葉が通じないと結構疲れるものだ。 さてと落ち着いたところで宿の金額を聞いたら、ドミトリーで20E£だという。さすがに高いな、まるでシングルの料金くらいじゃないの? と思いつつ1泊だけだからいいかと支払った。ガイドブックにはシングルルームもあるような感じで書いてあったような気がしたが、実際に見てみるとドミトリーの部屋が2つあるだけのようだった。 若干落ち着かない気はしたが、もう他を探すのもめんどかったし、テレビのあるスペースでKさんという京都から来ていた人と話して一緒にご飯を食べようということになった。それで荷物をベッドの脇において、Kさんと二人で宿を出て、近くの韓国料理屋へ行った。Kさんは韓国料理が好きらしく、自分は食べ物に好き嫌いこそあれこだわりはないので韓国料理ということになった。 当然、そこでお互いの旅の話やら旅の醍醐味の話などになったが、自分がケニヤから来たといったら、実はKさんも10年近く前にケニヤに2年ほどいたという話を聞いた。Kさんは青年海外協力隊の一員として行っていたらしい。ナイロビの話をしたら、結構昔と変わったんだなぁと残念そうだった。昔は今言われているほどナイロビは危なくなかったらしい。 さらにKさんは、年末年始で1週間程度しか休みが取れないから、やっとその土地に慣れてきたかなという頃に帰らなくてはならないことが残念だと話していて、何かの話の折にKさんが妻子がいるという話を聞いて驚いた。確かに30代も半ばを過ぎており、年齢的には結婚していても全然不思議はないが、雰囲気からは所帯持ちの雰囲気が感じられなかったし、ましてややっと取れた一週間の休みを全て一人旅に充てているのだから、むしろ珍しい家庭ではなかろうか? でも、自分も結婚しても一人旅はやめれないという感覚はわかるのでむしろ羨ましかった。 Kさんとはご飯を食べた後、少し喫茶店に入ってお茶をした。自分も旅行前に少しはスワヒリ語やアラビア語を勉強はしたが、いかんせん面倒でさほど身に付けずにやってきていたが、Kさんは違っていた。英語で旅行しているうちはなかなか現地の人とのコミュニケーションは取れんよ。やはり現地の人とのコミュニケーションを取りたかったら現地の言葉を使わないかん、と言っているだけあって、かなりアラビア語で店の人やら同じ客やらと話していた。そこそこ英語でさほどの不便を感じず旅行できていることに満足していた自分が物足りなく感じた。 明日の朝の自分のフライトが早いということで、お茶はそれほど長くならずにお互い宿へ戻った。確か、宿に戻ったのは深夜0時を回っていた。 宿の従業員と思っていたエジプト人(しかしこの人はあとで聞いたところによると共同オーナーらしい)が、明日の朝早いなら自分が起こしてあげると言ってくれたので、自分でも持って来ていた携帯のアラームも当然セットしていたが、彼にも頼んだ。 ついに明日からはエジプトの遺跡巡りだ。わくわくして寝付けそうにない。しかも既に起きる時間まで4時間切ってるしと思ってたら、いつの間にか意識を失っていたようだ。 |