
| <まずはご挨拶♪> はじめまして。ozmamaです。 私が海外旅行を始めたのは、以前勤めていた会社での海外研修がきっかけでした。 それが海外初体験となった私は、どうしても自力で異文化を体験したくなりました。 ここでは、貧乏暇無しの私が、これまでの旅行で体験した数々の出来事、 そして思い出をゆっくりと綴っていきます。 旅行記など書くのはこれが初めてで、つたない文章ですが、海外初心者の方から ベテランの方まで楽しんでいただけるものを目指していきます。 これをお読みになったみなさんが、少しでも私の訪問した国々に興味を持っていただければ 幸いです。どうぞよろしく!! |
<エジプト編 1995年10月7日〜24日>
| 日 付 | 日数 | ル ー ト | 泊数 | タイムテーブル・観光など |
| 10/7 | 1 | 成田発 → モスクワ | @ | 14:00発 → モスクワ着 18:25 <HOTEL SOYUZ泊> |
| 8 | 2 | モスクワ発 → カイロ | B |
11:50発 → カイロ着 15:05 <HOTEL FLAMENCO CAIRO泊> |
| 9 | 3 | カイロ(サッカラ〜メンフィス〜ギザ) | サッカラ〜メンフィス〜ギザ観光、パピルス屋、 香水屋、カーペットスクール見学 |
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| 10 | 4 | カイロ | エジプト考古学博物館〜シタデル〜オールドカ イロ〜カイロタワー〜ハーン・ハリーリー観光 |
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| 11 | 5 | カイロ → アスワン | B | 13:30発 → アスワン着 15:30 <NEW CATARACT SOFITEL泊> |
| 12 | 6 | アスワン | アブシンベル観光〜アスワン市内観光、プール で泳ぐ |
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| 13 | 7 | アスワン | アスワンハイダム〜切りかけのオベリスク〜アガ カーン〜植物園観光、ファルーカに乗り、ヌビア人 村へ |
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| 14 | 8 | アスワン → ルクソール | B | 途中、コムオンボ〜エドフ〜エスナ観光〜音と光の ショー(カルナック神殿にて) <MERCURE HOTEL泊> |
| 15 | 9 | ルクソール | ルクソール神殿見学 | |
| 16 | 10 | ルクソール | ルクソール西岸(王家の谷〜ハトシェプスト葬祭殿〜 貴族の墓)、プール |
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| 17 | 11 | ルクソール → カイロ | D | <再びHOTEL FLAMENCO CAIRO泊> |
| 18 | 12 | カイロ | カイロ市内観光、動物園 | |
| 19 | 13 | カイロ →アレキサンドリア→カイロ | 円形劇場観光〜アブ・キール | |
| 20 | 14 | カイロ | ハーンハリーリー | |
| 21 | 15 | カイロ | ハーンハリーリー | |
| 22 | 16 | カイロ → モスクワ | @ | ファラオニックビレッジ見学。17:00→モスクワ着22:00 |
| 23 | 17 | モスクワ → | ー | 19:20発 → |
| 24 | 18 | 成 田 | ー | 成田着 10:40 |
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本編へ入る前に、準備段階での出来事などをつづります。
アラブの国に関しては、まったくシロウトの私。出発までいろいろなことがありました。
本編へのプロローグとしてお楽しみくださいませ♪ 1:エジプトを選んだ理由 エジプトは、小学生のころからの憧れの国でした。 まだ小さかったので、とっかかりはマンガやテレビなどでみるピラミッド。 もちろん、その大きさや建立された意味など知る由もありませんでした。 ただただ、子供心に、 「すごいなあ、これってお墓なの?すごいなあ〜。ほんとにこんな物があるの??」 「エジプトってどこにあるの?どんな国なの?」 と、漠然とした思いや疑問が頭をよぎっていただけでした。 「い〜なあ。行きたいなあ。見てみたいなあ。ピラミッド・・・」 それから約20年。 エジプトへの思いが今にも爆発しそうなくらいふくれ上がった私は、 後先考えずに勤め先への辞表を手にしていました。 まさか本当に行ける日が来るなんて・・・!! 2:出発準備編 勤めていた会社も無事退職し、18日間のエジプト旅行を目前にし、 いよいよ旅立ちの準備です。 観光ツアーはちょっぴり苦手な私。今回は個人旅行に決めました。 未知の世界への旅立ちを控え、早速ガイドブックをしこたま購入。 日本人旅行者なら、だれもが持って行くであろうあの黄色い「地球の○き方」も、 もちろんゲット。 今から考えると、まるで絵に書いたような日本人観光客ぶりですが、 新たなる旅立ちを前に、そんなことは構っちゃいられません。 まずは、一緒に旅をするOLの友人と2人で情報収集。 <1.航空会社を選ぼう!> エジプトへ入国するには、モスクワ経由の北回り路線や、 マニラやバンコク、パキスタンのカラチを経由する南回り路線、 トルコ経由路線などがあります。 会社を辞めてしまい、帰国後すぐに1ヶ月近くのアメリカ旅行を控え、 帰国後の一文無しをすでに予想していた私は、 迷わず強引に一番安いロシアの飛行機、アエロフロートに決めました。 (アメリカ旅行については、そのうち書かせていただきますね) 往復で84000円!これは安い!安すぎる!! あまりの安さに一抹の不安を抱えながらも、 値段にグラっとヨロめいた私は北回り路線での出発を決意しました。 北回り路線の場合トランジットが必要なため、往復ともモスクワに宿泊することに なります。 ロシアにも足を踏み入れたことのなかった私には、かなり魅力的な選択でした。 しかし、この魅力的な(と思い込んでいた)選択が、後でちょっぴり後悔するハメ になるのです。 その後悔は、本編でご紹介させていただきますのでお楽しみに! <2.宿泊先を選ぼう!> 次は宿泊先です。ガイドブックを広げてびっくり! 「こ、こんなにホテルがあるの?しかも1泊200円から2万円まで!!」 何を基準に選べばいいの?一体どこに泊まってよいやら・・・。ガイドブックに掲載されているだけでもこれだけあるんだから、 掲載されてないホテルも合わせると、一体どれだけあるんだろう?? それにしても、 <1泊200円>って何?? <お風呂でお湯がちゃんと出て感動!>ってどういうことなのお?? ・・・などとディスカッション。 私 「現地で予約してもなんとかなるんじゃない?」 友人M「アラビア語で予約するの?」 私 「・・・・・。」 この時点であえなく玉砕。この素人ぶり。 当時、エジプトの方々があれほど語学堪能とは、つゆほども知らなかったのです。 結局、カイロでは無難に安めの宿に泊まって、アスワンでちょっとだけ贅沢しようと いう結論に至り、日本で予約可能な宿を選びました。 しかし「ちょっとだけ贅沢」と思って宿泊を決めたアスワンの宿が、 現地で「ものすっごい贅沢」な宿だったということに、行ってから気付くことに なるのです・・・。 <3.日本の旅行代理店にて> エジプト国内の移動手段の一つとして、列車での移動を考えていた私たちは、 日本でチケットを予約できるものと思い、早速代理店で尋ねました。 私達 「ルクソールからカイロまで列車で移動したいのですが・・・。」 代理店「は?れ、列車でですか?えーと、それはですね、そのう・・・。」 私達 「な、何か・・・?」 代理店「申し訳ありませんが、販売できません。」 私達 「あら?何か問題でも?」 代理店「というかですね、日本人には列車のチケットは売ってくれないんですよ。」 私達 「え?!そうなんですか? どうしてですか?」 代理店「非常に危険な地域を通過するので、こちらとしましても責任が持てません ので・・・。」 私達 「・・・・・。」 乗れないと聞いたらますます乗りたくなるのが人情ですよね。 ここはひとまず引き下がり、現地で移動手段を考えようという結論に至りました。 この旅行代理店さんが言っていた言葉が、後でイヤってほど頭に響いてくる事件が起こるのですが・・・。 この時点ではまだそんなことは知る由もありませんでした。 <4.現地の天気は??> 渡航準備が進む中、考えあぐねることがありました。 一体全体、エジプトって、どれだけ暑いんだろう?? 半袖何枚かとカーディガンとかで大丈夫かしらん? ただなんとなく「アフリカ大陸は暑いもんだ」と決めつけていた私。 株式会社アップルホテルズのファックス情報で、欧州・アフリカ・中近東の天気情報を入手。 カイロの最高気温の1週間の平均は、31度。モスクワは13度。 なーんだ、モスクワも結構暖かいじゃない! カイロだって、東京の夏の気候と同じくらいね。 幸い毎日晴れか曇りみたいだし・・・ 乾燥してるなら過ごしやすいわよね! ・・・そうです。ここで再び私のボケっぷりを発揮。 この時点ではカイロやモスクワの最低気温、そしてカイロの数倍暑いエジプト南端の気候のことは頭からすっ飛んでいました。 またしても、後程大変な後悔をすることになります。 しかも、実際のカイロの日中の体感温度はこんなものではありませんでした・・・。 どこまでもばく進する私の素人ぶり。 大丈夫なのだろうか・・・こんなことで・・・という友人Mの視線をよそに、 私の旅行準備は着々と進んでいきました。 <5.何を持って行こう?> 持ち物に関しては、ガイドブックや旅行雑誌を隅から隅まで読み倒し、 持って行ったほうが良いもの、逆に持って行かない方が良い物を選別しました。 普通に用意するもの以外の物で、私が持って行った物や、持ち込みを避けた物を参考までにご紹介いたします。 *お勧め品* ・帽子(無いと、並の体力では日射病や熱射病で倒れます。ホントです。) ・大判のタオル(ホコリよけ、風よけ、敷物代わりに。現地でも買えますが・・。) ・小型ペンライト(暗い遺跡を見る時や、意外に多い停電時の必需品。) ・簡易水筒(部屋でお茶を作り、持ち歩きました。) ・目薬(薬はとにかく一式必要) ・トイレに流せるティッシュ(ペーパー置いてないトイレは多いです。) ・サングラス(日射しがとにかくすごいんです。) ・蚊取り線香、虫よけスプレー、日焼け止め(基本です) ・日本の地下鉄などの路線図や、新聞(現地の方々との友好&話題作りに非常に 役立ちました) ・変わった形や色のキャンディ、大量のボールペン、ライターなど (子供達のバクシーシ(喜捨)対策、土産店での物々交換に。 なぜかボールペン には人だかりが) ・カメラのフィルム(現地では意外に高かった記憶が・・・) ・こぎれいな長袖の上着(モスクに入る時など、宗教的配慮が必要な時に活躍。) ・自分の好きな飲み物(現地で濃いコーヒー、あま〜い紅茶、コーラやセブンアップ 漬けになるとさすがに飽きます。) ・ガムテープ(梱包、バスタブの栓代わりなど、いろいろ役立ちます。) ・タバコ(タクシーの運転手は、自分のタバコと交換を求める人が多かった。) あとは、なんといっても汚れてもすぐ洗える服!これにつきます。 このほかにも様々な物を持って行きましたが、思い出せるのはこれくらいです。 *持ち込むのをやめた品々* ・電化製品(CDプレーヤーなど。空港で検査が厳しいです。) ・懐中電灯(重いので。ペンライトの方が手軽です。) ・水筒(これも重いので。今ならペットボトルの500mlでもいいかも。) ・パジャマ(Tシャツや民族衣装のガラベーヤを購入。ガラベーヤはお土産にもグ ー。) <6.渡航費用・通貨・両替・為替レート> 1995年、出発当時の為替レートは、以下の通りでした。 1USドル = 3.2エジプトポンド(1エジプトポンド = 約30円) 旅に両替はつきものです。が、 *どの通貨を持って行ったらいいのか。 *観光、食費、お土産、交通費には、それぞれいくらかかるのか。 *両替はしたい時に現地ですぐできるものなのか。 *日本円はどの程度通用するか。 など、初めて訪問する国に関しては、いろいろと不安や疑問が頭をめぐります。 私はこのエジプト旅行をするにあたり、以下のようなアバウトな計画を立てました。 資料があまり残っていないので、書き忘れなどあるかもしれませんが・・・ 交通費・・・・往復航空券 84000円 トランジットでモスクワ2泊 7100円 カイロ→アスワン間 航空券 15000円 国内交通費(列車・タクシー等)30000円 計136000円 宿泊費・・・・カイロ フラメンコホテル (1人1泊3750円)×8=30000円 アスワン ニューカタラクトホテル (1人1泊4900円)×3=14700円 ルクソール ベルキュールホテル (1人1泊4250円)×3=12750円 計57450円 食費、観光(遺跡入場料等)、お土産等・・・・18日間分 130000円 合計で、323450円でしたので、予備を含め大体350000円ほど用意しました。 その内、現地へ持ち込む分は米ドルの現金にしました。 両替は、ホテルや空港、銀行などでほぼ何の問題もなくできました。が、 日本円を銀行で両替した際、ちょっとした出来事があったので、後程ご紹介します。 後から考えれば、宿泊先はこの半額ぐらいの宿でも十分だったと思います。 現地に着いた途端、上記の計画は、あって無きものとなりました。 エジプトを良く知る方から、 「1週間で1万円もあれば、宿泊も込みでかなり贅沢な旅行が可能だよ。」 と、事前にアドバイスを頂きましたが、そこは買い物好き女性二人組の旅行です。 お小遣いなんて、いくらあっても足りるものではありません(笑)。 帰国後アメリカにも行くというのに、貯金も退職金もすっからかんになりました。(泣) でも皆さん。エジプトは、お金を全くかけなくても十分楽しめる国だと思いますよ。 次に行く時には、この半額を目指そうと思う今日このごろです。 <7.旅行の日程を決めよう!> 今回のエジプト旅行では、日程を決めるのがかなり難航しました。 だって、見たい場所や行きたい場所が、あまりにたくさんあり過ぎるんですもの! 本当はバックパック背負って、西方の砂漠なんかも行ってみたかったのですが、 日数が足りず、渋々あきらめました。次回に期待!! エジプトって国は、本当に広かったです。 なんたって、ガイドブックが厚さ2センチなんですから(笑)。 行きたかったのにあきらめた所、行く予定じゃなかったのに偶然たどりついた所・・・ もちろん行く前にさんざん友人と計画を練ったのですが、 行ってからその計画はこっぱみじんになりました。(笑) そのため、ここではほぼ実際に行動した通りの日程を掲載させていただきました。 目的地に向かってる最中で全く別の場所に行ってしまったこともありました。 でも、その無計画さ加減が、5年以上たった今でも良い思い出として記憶に刻まれています。 個人旅行の良いところは、無計画のきままな旅ができるところにあるのかもしれません。 3.いよいよ本編 <1日目 10月7日> さあ、準備万端?整ったところで、いよいよエジプト旅行の始まりです。 期待と不安と興奮を胸いっぱいに膨らませながら、成田へと向かいました。 いったい、どうなることやら・・・。 第2ターミナルへ到着した私は、ふと思いついて実家の母へ電話をかけました。 私「今空港に着いたから。お土産楽しみにしててね〜。」 母「ちょっと!それどころじゃないわよ!今エジプトで爆撃テロが起こってるって ニ ュースで言ってるわよ。」 私「ば、爆撃テロ??」 母「まあ、カイロじゃないみたいだけど、気をつけなさいよ。」 私「・・・・・・。」 ちなみに、今回の旅行記は、あのルクソールでの日本人襲撃事件の2年前のものです。 普段から悪運の強い私は、出発前の母の言葉に多少の不安を覚えたものの、 これから体験することへの期待のほうが大きく、友人と二人で機内へと乗りこみました。 それにしても、そんなところに「気をつけなさいよ」で娘を行かせる母。さすが私の母です。(笑) さて、今回はアエロフロートでの往復です。乗り換え地のモスクワに向けていざ出発! あまりの安さにアエロフロートに決めたのですが、安さの理由がなんとなく判明。 ロシア上空に差しかかったころ、なぜか機内がとても寒くなりました。 どうやら暖房が効いてなかったようです。 私 「すみません。暖房はついてないのですか?」 乗務員「暖房は故障しています。」 私 「・・・・・。じゃあ、毛布を余分に貸して下さい。」 乗務員「余分な毛布は置いてません。」 私 「・・・・・。」 あまりの寒さにトイレに行きたくなった私は、前の座席に手をかけ、通路に出ようとしました。すると・・・ ガッターン!! 前の席の椅子の背もたれが倒れました。慌てた私はトイレに行くのも忘れ、必死に直そうとしましたが、元に戻る気配が全くありません。こ、壊しちゃったのかしら?? 私 「すみません、前の座席が元に戻らないんですっ!ごめんなさい。」 乗務員「ああ、そこは元から壊れてます。」 私 「・・・・・。」 全てこんな調子でした。 その後、飲み物が配られましたが、なんとオレンジジュースとリンゴジュースだけ。 選ぶ余地もありません。 あまりにも色々なことが起こるので、逆になんだか楽しくなってきた私。 なんたって84000円だもんね! それにしても、乗務員たちは一様にみな無表情。ニコリともしませんでした。 時折、墜落するんじゃないかと思うような激しい揺れも感じましたが、 それでもみな無表情。騒いでいるのは乗客ばかり。 そうこうしているうちに、乗り換え地モスクワの空港に着陸。時刻は18時25分。 他の乗客から安堵の声が漏れ、盛大な拍手がわきおこりました。 空港ロビーでまずびっくり。 私達 「で、電気が消えてる!真っ暗!」 旅慣れた風の若者「電気代節約してるらしいよ。」 私達 「・・・・・。」 だだっぴろーい入国審査のカウンターには誰もいません。 しばらく待っていると、係員らしき人が来て、1つのカウンターに灯りをつけました。 人間、明るい場所ではホッとするものなんですね。 外はすっかり夜です。荷物を受け取り外へ出ると、ホテルからの送迎バスが。 それにしても寒い!寒すぎる!!気温計を見ると・・・なんと零下7度! 事前の情報では最低気温は6度になってたのに!寒いはずです。 さっそうと革のコートを着込んだ友人M。素晴らしい。さすが。 私はといえば、リュックに入っていた薄っぺらい上着をありったけ着込み、 送迎バスへと乗り込み、いざホテルへ! バスの中には現地のガイドさんらしき男性が待機していました。 一緒にバスに乗っていた人々は、物珍しそうに窓の外を眺めていました。 モスクワの町並みを走り抜け、ホテルに近付くとガイドさんは突然立ち上がりました。 ガイド「もし皆さんがモスクワの街を見たければ、20ドルで連れてってあげますよ。」 え?街を観光できるの?いいのかなあ? モスクワは初めての私たち。断るはずもありません。 その時バスに乗っていたほぼ全員が20ドルを支払い、街へ繰り出すことになりました。 今から考えるといけないことなのかもしれませんが、この時はまだ何も知らなかったので、 ドキドキワクワクしながら友人と荷物を降ろし、集合場所のホテルのロビーへ向かいました。 空港から乗ってきたバスに再び乗り込み、街の中心部へ。 しんしんと冷えるモスクワ市内は、何もかもが灰色のイメージ。きらびやかさは全くありませんでした。それでも、日本ではけっして見ることのできないおごそかな雰囲気の建物の数々に、ただただ見愡れるばかりでした。 赤の広場に到着してバスから降りると、観光客向けの土産物を売る人々が次々と声をかけてきました。しかも、みな同じマトリョーシカ(歴代大統領の顔などが描かれている入れ子式の有名なアレです)を売っています。 しつこいなあ、もう・・・と困っていると、ガイドのお兄さんがこっそり一言。 ガイド「こんなところで買うより空港で買った方が安いよ。」 ありがとう、素敵なお兄さん♪ 美しいクレムリン、レーニン像、ロシアのマクドナルド1号店(行列ができるらしい) などを次々と見学し、夜の街をあとにしました。 写真も撮りましたが、光量が足りずにどれもピンボケ。 皆さんにお見せできなくて残念です。 ホテルに戻った私たちは、一階の売店へ行ってみました。 やっぱりロシアですね。キャビアがありました。でも値段は日本とたいして変わらなかったような覚えがあります。 見たこともないスポーツドリンクと、これまた見たこともないスナック菓子などを買い込み部屋へ戻りました。 飲みかけのスポーツドリンクを壁際のテーブルへ置いて、ちょっぴりウトウト。 再び飲もうとドリンクの缶に手をのばそうとした私は、不気味な光景を目にしたのです。 私 「ひ、ひええええええ!!!!」 友人M「何?何?どうしたの??」 私 「あ、あ、アリ!シロアリが〜!」 友人M「・・・・・・。」 そうです。壁の穴から無数のシロアリたちが、行列を作ってスポーツドリンクにドンドン向かってくるではありませんか!怖い!怖すぎる!! 言葉を失う私と友人M。 以前インドネシアに旅行した時、飲みかけのポカリスエットとドーナッツがアリで真っ黒になったのを思い出しましたが、まさかこんな寒い国でアリに襲われるだなんて!! 私は今まで、シロアリといえば樹液しか飲まないもんだと思い込んでました。 シロアリまで食べ物が不足してるのかしら・・・。 街を見た限り、そんなふうには思えなかったんだけど・・・。 しかもこのシロアリ、色素がなく、透明だったんです。ますます不気味でした。 寝よう。そして忘れよう。明日はいよいよエジプトだ! (次ページは「カイロ編」です。どうぞ、お楽しみを・・・。) |