NO.5
パルテノン神殿
第三日目。晴れの暑い一日。予約していたアテネ半日観光へ繰り出す。(料金は六、九五〇ドラクマ=約二、九〇〇円) このコ−スのハイライトは、なんといってもアクロポリスのパルテノン神殿である。中学時代からこの方、教科書や雑誌類に掲載されているパルテノン神殿の写真をどれほどの回数見せられて来たのだろうか。その姿は写真よりもはっきりと頭の記憶装置の中に録画されているのだ。それを目の当りにする日が、今日やっと実現するのである。いやがうえにも心がはずむ。
バスは、谷を隔てて向こう側にパルテノン神殿を拝む小高い丘に上って行く。丘の頂上に立ってみると、青空を背景にそびえるアクロポリスの丘の上にくっきりとパルテノン神殿の全景が見える。何という素晴らしい眺めだろう。アクロポリスの丘に直行しないで、まずこの丘に登ってパルテノン神殿の遠景を眺めさせるとは、何という小憎らしい演出なのだろうか。これでパルテノンの魅力は倍加するに違いない。

手前の丘よりパルテノ ン神殿を望む
もう一度あの遠景を思い浮かべているうちに、バスはぐるっと回ってアクロポリスの丘へ上って行く。丘の中腹でバスを降りると、そこから頂上のパルテノン神殿まででこぼこ道を歩いて登る。観光客の多いこと。これから登る人、すでに終わって下る人たちが列をなしている。暑い日差しに額の汗がにじむ。やがて神殿が見え始めたかと思うと足取りもつい早くなり、神殿がみるみるクロ−ズアップされてくる。
神殿入り口の門のところで、しばしガイドの説明に耳を傾ける。彼女は年配のベテランガイドで六ヶ国語をあやつり、自信に満ちた口調で堂々と語りかける。じっと聞かないと怒られそうだ。彼女が最後にいった「このパルテノン神殿は世界で一番美しい建物だと思う。これはギリシャの誇りだ。」という言葉がとても印象的で、今でも心に残って離れない。これには百パ−セント同感である。
門をくぐって上って行くと、目の前にパルテノン神殿が現れる。これがパルテノンか…!二千年余の歴史を刻んだ古代ギリシャの象徴がそこに立っている。思わず走り寄って、あの大きな大理石の柱に触れてみたい衝動に駆られるが、三メ−トル近い石積みの土台上に立っているので無理である。神殿の大きな柱を見上げながら、周りをゆっくり一周する。よく見ると、柱に継ぎ目が見える。なるほど、一メ−トルほどの長さの大理石を九個ぐらい積み上げて柱にしているのだ。どうしてあんなに大きな石柱がつくれたのか、これまで疑問であった。正面が八本、横面が十五本の石柱で支えられた壮大な建物である。その迫力は時の流れを忘れさせる。

パルテノン神殿

神殿の裏側、この大きな石柱は長さ1m ぐらいの大理石を積み重ねてつくられて いる。
パルテノンの横に ある小神殿

パルテノンの下手にある集会場

パルテノン神殿入口にある小神殿

アクロポリス博物館にある遺品
すぐ近くにあるアクロポリス博物館の遺品の数々に圧倒されて館を出た後、丘の周囲に配置された石積みの上に腰を下ろし、いつも持ち歩いているミネラルウォ−タ−を取り出してのどを潤す。ここからの眺めは絶景である。丘のふもとから吹き上げてくる心地よい風に頬をなでられながら、眼下に開けるアテネ市街の美しい眺めに見とれていると、いま旅していることの幸せが実感となってわいてくる。ここを最後に、遊覧バスは終着点へと向かう。この半日コ−スは、午前九時から午後一時までの四時間の行程である。
アクロポリスの丘よりアテネ市街を望む
向かいの丘にも遺 跡が・・
終わるとすぐ、今では行きつけとなったカフェテリアで昼食をとる。ここはシンタグマ広場前の中央郵便局の左横手の通りにあるのだが、品揃えといい、建物といい、素晴らしいお店である。これは六〇日間の旅行中に、私が見つけた最高のカフェテリアだ。店内の広々としたスペ−ス、床はもちろんのこと二階へ通じる階段まで総大理石張りで、サラダ類、肉類、ス−プ類、スパゲッティ、各種のパンに飲物と豊富にそろっている。昼食はスパゲッティにポテトサラダ、それにビ−ルをつけて四〇〇円足らず。これでお腹いっぱいとなる。カフェテリアは現物を見ながら品選びができるし、値段も安くてチップの心配もないから気軽に立ち寄れる。その点レストランではメニュ−を見てもよく分からないし、値段も高い上にチップまで加算しなければいけない。
満腹してシンタグマ広場をうろついていると、若い警官がスズキのネ−ム入りのオ−トバイを置いて休んでいるではないか。早速近寄って話しかけてみる。「ここの警察ではスズキを使っているのか。」とたずねると、「スズキとホンダを使用しているが、スズキのほうが多い。」と、英語で応じてくれる。警官になって七年になるという。給料は二〇万ドラクマ(約八四、〇〇〇円)だそうで、これで親子生活できるという。これなら日本円を持ち込んで当地で生活したら、贅沢な生活ができそうだ。
ホテルの部屋に戻ると、何やら署名入りのメモ書きが置いてある。ギリシャ語で書いてあるのでよく分からない。多分、朝出がけに「エフハリスト−(ありがとう)」と書いたメモ紙と一緒にチップを置いていたのだが、どうもそのお礼らしい。こんなところにも、ささやかなコミュニケ−ションが生まれて心温まる思いである。ほのぼのとした気持ちになりながら、二時間の午睡をとる。今夜予約しているアテネ夜の観光までには、まだたっぷりと時間がある。
光と音のスペクタクル
夜八時過ぎ、迎えのバスに乗って夜の観光に繰り出す。案内パンフレットには、“光と音のスペクタクル”とあるので、どんなことを見せてくれるのか楽しみだ。バスはイルミネ−ションに輝く街並みを通り抜けて、再び丘のほうへ上って行く。案内されるがままに木立ちの道を進んで行くと、ライトに照らし出された野外劇場に着く。しかし、五百席ほどのシ−トが並んでいるだけで舞台はない。そして谷を隔てた左前方の丘の彼方には、ライトアップされたパルテンノン神殿が暗闇の中にぽっかりと浮かび上がっている。座席に座って何が始まるのか期待に胸をふくらませながら待つ。昼間は暑いが、夜ともなるとさすがに冷やつく。
やがて場内スピ−カ−から、これから始まる鑑賞の内容についての案内放送が流れる。じっと耳を傾けて聞いていると、二千年前のアクロポリス全盛期時代にさかのぼって、当時の様子を音響による古代劇で再現して聞かせるというのである。効果音楽は、このため特別につくられたとのことである。間もなく、荘厳な音楽とともに音響劇が始まる。劇は英語で行なわれるのだが、残念ながら半分も理解できない。懸命に聞き取りながら判断すると、どうもあの有名な「マラトンの戦い」の時の様子を再現しているらしい。戦果の報を走りに走って知らせたという史実で、たしかこれがマラソンの起源になったと記憶しているのだが。戦についての議論や集まる群集に向けての演説、走る馬車や馬の蹄の音などが、周りのスピ−カ−から丘に広がる会場いっぱいに響き渡る。
驚いたことに、劇の進行に合わせて前方の丘のパルテンノン神殿をライトアップするイルミネ−ションが赤・オレンジ・白などとりどりの色に変わり、それが角度や場所を変えながら神殿を照らし出すのである。そして偶然にも、闇の中に浮かぶ神殿の上方に見事な満月がかかっている。

パルテノンの上に満月をいただく夜、当時を再現する古代劇に耳を傾ける。
向こうにライトアップされたパルテノンが見える。
この息をのむような自然の舞台装置の中で繰り広げられる古代劇に聞き入っていると、あたかも二千年前のアテネ市民の一人になったような錯覚に陥る。この“光と音”が誘う幻想の世界は、約四十五分間で幕を閉じる。
ディナーショー
我に返って再びバスの人となり、今度はプラカ地区のディナ−ショウへ向かう。とあるタベルナ(庶民的なレストラン)へ案内され、ワインを傾けながらムスカ(ハンバ−グに似たギリシャの郷土料理)に舌つづみを打つ。舞台では民俗衣装に身を包んだ男女のダンサ−たちが、賑やかな音楽に合わせて踊りのショウを見せてくれる。なかには、調子に乗って舞台に駆け上がり、ダンサ−たちと一緒に楽しく踊り出す客もいたりして、笑いと喧騒の渦が店内いっぱいに広がる。

代表的なタルナベ(庶民的なレストラン)で名物料理ムスカを食べながら音楽と踊りのショウを見る。
十一時半過ぎに終わって、ホテルへ帰る。忘れ得ぬアテネの夜は、こうして更けて行く。(アテネ夜の観光は、ディナ−付きで九、六〇〇ドラクマ=約四、〇〇〇円) 昼の観光も夜の観光も、日本人はただ一人私だけであり、たっぷりと外国旅行の気分を味わう。
(次ページは「アテネ市内探訪編」です。) |
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