NO.6




プラカ地区探訪と靴のトラブル

第四日目。朝、外出しようと思って何気なくふと靴の先を見ると、困ったことに靴の先の部分がパックリと口を開けているではないか。予想外の出来事に少々うろたえる。軽くて履きやすく、これまで十分に履き慣らしていただけにそのショックは大きい。これに代わる適当な靴があるかどうか心配だ。こういうわけで、今日の仕事は靴探しから始めねばならない。出掛けに、午後三時からのスニオン岬観光の予約を入れて外出する。
 

靴探しの前に、明日のロ−マ行き航空券の時間変更をしておこうと、チケットを購入した旅行社へと急ぐ。先日と同じ係の女性がいたので、午後一時発を朝の早い便に変更してくれと頼むと、快く応じてくれる。手続きをしている間に、昨夜の観光のすばらしかったことなどを彼女に話して聞かせる。そして「昨夜、もしあなたと一緒だったら、アクロポリスの丘の夜景もどんなに素敵だったことでしょうか!」と冷やかしてみると、嬉しそうに微笑みながら、「サンキュ−!」と応えてくれる。そしてまた、日本のどこから来たのかと聞くので、長崎だと答えながら長崎のことを質問してみる。ところが彼女は、長崎のことも原爆のこともよく知っていて、私が被爆体験者なので当時の様子を話して聞かせると、驚いた様子で興味深く聞き入っている。彼女は四十五年生まれだという。
 

靴屋の在処を聞いて旅行社を後にする。教えてもらった靴屋は高級靴ばかりで、ズック類がない。それではと、オモニア広場へ向けて歩いて行くことにする。その広場近くには商店街があって、すごい人出で活気にあふれている。





オモニア広場の活況











何軒か靴屋もあるが、どうも気に入った軽いものが見つからない。そこで接着剤を使って靴の修理をしてやろうと思い、探し始める。幸いなことに、会話集の最後のほうにある簡単な英和辞典をめくると、“Glue=接着剤”と載っている。やれやれと思って電気店に入り、接着剤を売っていないかとたずねると売っていないという。どこにあるか知らないかと聞くと、近くにいた青年が、それなら近くのキ−ショップに売っているよ、と教えてくれる。英語が通じるのでありがたい。

 
その店はすぐに見つかり、たずねてみると、これかといってすぐに接着剤を出してくれる。あゝ、これで助かったと思い、早速近くのベンチに腰掛けて修理にとりかかる。すると数分でピッタリとくっつくではないか。しめた! これで救われた、と安堵の胸をなでおろす。使い残しの半分は、今後の修理のために大事にしまっておく。こうして最初のトラブルは無事切り抜ける。旅先での思わぬハプニングにはうろたえるけれど、それもまた旅行の楽しみの一つかも知れない。
 

ホテルに戻って、スニオン岬観光の迎えのバスを待つ。予定の時間になってもバスが来ないので確かめてもらうと、迎えに来るのをとりこぼしたらしく、すでに観光バスは出発した後だという。なんたることよ。残念無念! 夕日に染まるエ−ゲの海とポセイドン神殿の遺跡を見ながら一生の思い出にしたかったのに……。それに今日は素晴らしい快晴なので、さぞやスニオン岬の夕日は素敵だったろうに……。悔やんでも悔やみ切れない。
 

プラカ地区探訪
腹を立てても仕方がないから、アテネのモンマルトルといわれるプラカ地区をぶらつくことにする。細い路地が入りくんで、いろいろなみやげ物屋さんが列をなしてびっしり並んでいる。その壮観さは目を見張るばかりだ。アクロポリスの丘に近いので、街の一角からパルテノン神殿が時折拝める。また別の地域には居酒屋風レストラン・タベルナなどの店が点在している。これが夜になると賑わいを見せるのだ。





プラカ地区よりパルテノン神殿をを望む










歩きながらふと足元を見ると、なんと溝ぶたにまで大理石が無造作に使われているではないか。歩道や店内にまで大理石が使われているのは当たり前だが、ここにまで使われているとは……、大理石に埋まるアテネの町の片鱗がうかがえる。アテネの交通事情を見ると、中小型車ばかりで渋滞があり、駐車違反常時、歩行者は信号無視で赤信号でも車がいなければ悠々と横断する。かなりいい加減なところがある。
 

行きつけのカフェテリアで、アテネ最後の夕食をとる。メニュ−は、ロ−ストチキン(モモ肉に胸まで付いて大きい。)、これにフライドポテトとグリ−ンピ−スやコ−ンがたっぷり添えてある。九八〇ドラクマ=約四一〇円)、カンビ−ル(三八〇ドラクマ=一六〇円)、パン一切れ(大きい。六〇ドラクマ=二十五円)、合計で五九五円である。これで食べ切れないくらいにお腹いっぱいとなる。アテネは物価が安い。毎日の朝食は、パンと牛乳にソ−セ−ジを買ってすませる。ホテル代は一泊三、〇〇〇円(バス・トイレ付き、朝食なし。)


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