N0.3
(&カンボジア)




ハロン湾の絶景コース
この関門を通り過ぎると、前面に奇岩の風景が見え始める。これからがハロン湾絶景コ−スの始まりである。こうして狭い水域に浮かぶ奇岩群を眺めていると、なんとなく北欧やニュ−ジ−ランドのフィヨルドを彷彿とさせる。船はゆっくりと航行するので、じっくりと次々に展開する景観を観賞することができる。すぐ隣を観光船が並んで進行している。ここは一番狭い関門だから、自然とこうならざるを得ないのだ。船は面舵を切って右寄りに進み、それから取り舵を切って左方向へ船首を向ける。




奇岩の風景が見え始めた




するとどうだろう。眼前には見事な奇岩の風景が展開しているではないか! 白い岩肌を見せながら雨後の竹の子ように屹立する奇岩の数々。それらが織りなす風景は、まるで山水画の世界である。う〜ん、これはなんと見事だ! ここがハロン湾随一の絶景ポイントなのだと、ガイド君が教えてくれる。





これがハロン湾随一といわれる絶景




ただ残念なのは、海面にさざ波がざわついていることである。今日は少々風が出ているので危惧していたが、案の定、鏡の海面は千々に乱れて落ち着きがない。ほんとに惜しいことだ。これが鏡の海面だと、どんなにか素敵で、その景観はもっと素晴らしいに違いない。それと島の岸辺に浮かぶ水上生活者のイカダ群が生活臭をただよわせているのが惜しい。これで神秘感が削がれるからである。
 

とまれ、過ぎ行く絶景に息をのみながらたたずんでいると、今度はその向こうににょっきりと突出した奇岩が見えてくる。それはあたかも舞台装置の背景画のように、折り重なる起伏に富んだ島並みをバックにしてぽっかりと浮かんでいる。なかなか素敵な風情である。
 

彫刻作品のような奇岩風景

その先へ進んで行くと、今度は視界いっぱいにノコギリの歯のように尖った奇岩群が横一列に並んで現れる。こんな奇っ怪な風景は、ここだけでしか見られない希少な風景だろう。しっかりとカメラに収めておこう。



ノコギリの歯のように並ぶ奇岩の大景観




船はこのギザギザの島並みをゆっくりと通り過ぎて行く。十分に遠ざかったところで、今度は振り返りざまに先程の眺めとは逆方向から写真を撮ってみる。そこには昼下がりの陽光を浴びながら、晴れ渡った青空を背景に美しいスカイラインを描く奇岩群が静かなたたずまいを見せている。他の遊覧船もあちこちに点在しながら思い思いの風景を楽しんでいる。心やすまる風景である。



上の写真の裏側に回って眺めた風景。青空に描かれたスカイラインが美しい。




有名な闘鶏島
ここからさらに進むと、前方に2つの面白い岩が見えてくる。鶏が闘うように見えるため闘鶏島と呼ばれるそうだが、私には雌鳥と雄鳥が仲むつまじく向き合う姿に見える。その時代背景や人それぞれの見方によって異なるのは当然のことだろう。自然の妙とはいえ、よくできたものである。


鶏闘島の遠景。順番待ちする遊覧船。

これはハロン湾を象徴する有名な岩らしく、よく絵葉書その他に登場している。いま、この岩の周りには遊覧船が順番待ちしながら待機している。至近距離まで近づいて見せてくれるのである。順番が来て近づいて見ると、私にはどうも右側の岩が雄鳥のように思える。鶏冠の印が見えるからである。みなさんは、どんな見方をされるのだろう? 
 

自然の妙、鶏闘島。仲むつまじい雌雄の鶏に見えるのだが・・・。

ハロン湾奇岩の成り立ち
こうした彫刻作品のような奇岩群は、中国の桂林からベトナム北部のニンビンまで広がる広大な石灰岩台地が11万5千年ほど前の最終氷河期に沈降し、長い年月をかけて海水や風雨に浸食されてできたものだという。この1500平方kmの広さを持つハロン湾には約3000もの島や奇岩が点在し、中国の桂林に似ていることから、「海の桂林」とも呼ばれており、その優れた自然美を持つ景勝ゆえに世界遺産の自然遺産として登録されたのである。
 

ハロンの名の由来
ハロンという地名の由来は、中国の侵略に悩まされていたその昔、龍の親子が舞い降りて外敵を打ち破り、その際に吐き出した宝の玉が無数の岩に変化したという伝説に基づいて、ハ=降りる、ロン=龍、つまり「降龍」の意味をもつハ・ロンとなったとされる。これらの奇岩は、太陽の傾きや雨・霧などによってその趣が千変万化し、その時々に醸し出される雰囲気を楽しむことができる。だからハロンの素晴らしさの真髄は、この地に長期滞在してはじめて分かることなのだろう。わずか3時間のクル−ズでは、その全貌がつかめないのは無理もない話だ。 


鍾乳洞見物
このハロン湾名物闘鶏島を最後に、船は左に舵をとって外海に出ると、ティエン・クン(天宮)という名の鍾乳洞に向かう。帰路に向かう途中にあるこの島には、船着き場も設けられて多数の遊覧船が出入りしている。岸辺に着いて下船すると、入場口で遊覧券にパンチを入れてもらう。乗船の時とここのパンチで2つ目である。
 

鍾乳洞の入口は断崖の中腹にあるので、そこまで百数十段の狭い階段を上ることになる。汗を流しながら上りあがって洞窟の中に入ると、そこは乳白色の別世界が広がっている。高さ20m、幅数10mほどの空洞の内部いっぱいに、さまざまな形に造形の妙を見せてくれる万年単位の鍾乳造形美が展開されている。それがオレンジやブル−の照明にライトアップされ、乳白の洞内に華やかな彩りを添えている。鍾乳洞初体験の人には、息を呑む光景かもしれない。が、秋吉台の巨大な秋芳洞をはじめ、沖縄その他の各地で鍾乳洞を見ている私には、それほどの目新しさはない。
 

ライトアップされてカラフルに輝く鍾乳洞








 滝のような鍾乳の大カーテン

















大装飾壁面のような鍾乳洞

賑やかな洞窟内をアップダウンしながらル−トに沿って見学する。どこに行っても同じ顔ぶれの欧米人やアジア人の観光客ばかりだが、この洞内でも同じ風景が見られ、混雑している。この鍾乳洞は10年ほど前に発見されたばかりだそうで、今では観光用に整備され、内部もル−トがつくられている。こうした鍾乳洞は、他の島にも幾つかあるようだが、このハロン湾一帯が石灰岩台地であること考えれば、それは当然のことかもしれない。
 

ひと巡りして見学を終わると、出口から外に出て急な階段を下りていく。かなり高い見下ろせる位置にあるのだが、見晴らせる風景はぱっとせず、写真に撮るほどのこともない。みんなが乗船すると、船は発着基地をめざして回航する。期待のハロン湾観光もこれで終了だ。天候には恵まれたが、微風よりは強い風があり、鏡面の海に浮かぶハロン湾の奇岩風景が観賞できなかったのが心残りである。
 

基地へ回航
こうして回想していると、船は島並みを抜け出て大海に進み、ゆっくりと基地に向かう。ここでスピ−ドを上げてもよさそうなものだが、同じのんびり速度で航行する。やがてジャンク船が静かに船着き場に接岸すると、“タム ビェッツ(さようなら)”と乗組員に別れを告げて上陸する。またこれから、長い帰路のバスの旅が待っている。
 

発着基地が見えてきた

帰路の旅路
念願のハロン湾風景をこの目で検証できた満足感にひたりながら車上の人になると、流れ行く同じ車窓風景をぼんやりと眺め続ける。ガイド君が「今日は取り締まりの警官が出動しているので、スピ−ドアップができません。それで市内到着まで3時間以上かかると思います。」と説明する。警官の出動状況如何で所要時間が変動するのだ。今日はついていないということで、仕方あるまい。
 

途中、再びあの“Humanity Center”に立ち寄り、しばし休憩を取る。ドライバ−の休息も必要だし、一行も用足しが必要なのだ。再びバスは走り出すと、巡航速度の50kmで走行する。古びたトラック類の車両が多く、なかにはエンコして路側に停車している車もある。さすがに乗用車はほとんど見られない。この地では超贅沢品なのかもしれない。1台の乗用車に1人だけが乗って走るなど、ここでは到底考えられないことかもしれない。
 

そんなことどもぼんやりと考えながらシ−トに身を委ねていると、ようやくあの大きな橋にさしかかる。そう、あのホン川だ。ここを過ぎると間もなくハノイの市街地だ。やれやれである。もうとっぷりと日は暮れて暗くなっている。市内に入ると、そのままレストランへ直行し、夕食となる。今宵もベトナム料理である。
 

今宵もベトナム料理
昨夜の料理よりはやや劣る感じだが、それでも結構なものである。ここでの初体験は生春巻きである。ニラ風の細長い茎を巻き込んだ中身の見えるスケスケルックだが、その味は未知のもの。それより何より、“生”であることに恐れをなして、みんな箸を伸ばすことに逡巡している。もし、お腹でもこわしたら大変だからである。それもまだ旅が始まったばかりなので、もしそんなことになれば、あとの旅が台無しになりかねない。そんな危惧から、残念だが私も遠慮することにする。折角、色合いも素敵に盛られた生春巻きなのだが……。
 

カラフルに盛り付けられた生春巻きだが・・・

水上人形劇観賞
食事が終わると、本日最後の観光である当地伝統芸能「水上人形劇」の観賞である。そこは街の中心部のホアンキエル湖の近くにある「升龍水上木偶戯院」という大きな劇場で、行ってみると相変わらず大勢の欧米人観光客と日本人その他のアジア人で埋まっている。前の回の上演が終了するのを待って場内に入る。そこは映画館のようになっており、正面の舞台プ−ルに向かって階段状に座席が設けられている。一行はその後方座席に座って見物することになる。
 

正面には水の入ったプ−ルがあり、その上に中国風の館が設置されて、その下部にはすだれが下げてある。その左手側には銅鑼や太鼓を叩いたり、笛や弦などを演奏する囃子方の席があり、歌い手や語り手と合わせて5人が座ることになっている。
 

囃子方と歌い手・語り手の席

場内のライトが消えて、いよいよ人形劇開演である。最初に観客に対して来場の挨拶が放送される。それを聞いていると、数ヶ国語で放送されている。まず最初は英語、次いでフランス語、中国語、ベトナム語の順で、我らが日本語も出てくるかと思って期待していると、完全に肩透かしを食らう。毎日、これだけの日本人客が来場するのに、これはちょっと手落ちではないかと口を尖らせる。やはり、フランスの植民地だっただけあって、フランス語はちゃんと忘れずに加えてある。それほどフランス人は多くないのに! それで意外に思ったのか、フランス語の放送が始まるや、フランス人観客の席からは歓声が上がっている。
 

ちょっと不満な気持ちにひたりながら、開演を待つ。上演内容は17の演目があり、それぞれ次の題名がつけられている。

1. 祭りの旗上げ    
2. テウさんのナレ−ション    
3. 竜の踊り:4匹の火を噴く竜の共演    
4. 水牛とフル−ト吹く子供    
5. 田植え作業    
6. カエル採り    
7. アヒル農法と狐狩り    
8. 釣り
9. 凱旋帰郷
10.獅子舞
11.不死鳥(鳳凰)の舞い
12.レロイ王、ホアンキエム湖伝説
13.水遊び
14.ボ−トレ−ス
15.獅子のボ−ル遊び
16.仙女の舞い
17.(竜、獅子、鳳凰、亀)4匹の共演


いよいよ第一の演目が始まる。すだれの隙間からスィ〜と飛び出してきた愛嬌のある人形たちが、囃子方の楽曲と語り手の話に合わせて、まるで生きた人形のように生き生きと水面で振る舞う。その所作や微妙な動作を伝える技術は実に見事で、これが伝統芸能というものだろう。多分、人形使いの魂が長い竿を通じて乗り移っているのかもしれない。
 

3番目の「竜の踊り」は、これまた素晴らしく、水面上で竜の口から火を噴く様は見事で圧巻だ。呆気に取られて、つい写真を撮り遅れてしまい残念である。のどかな「田植え作業」の様子や「カエル採り」など、見ていて実に滑稽でつい噴き出してしまう。「凱旋帰郷」の行列は華やかで、水面いっぱいに人形が行進し、整列する様は圧巻である。話し手の語る言葉に合わせて動く人形の所作・動作は、絶妙の呼吸で一分の狂いもない。その正確な演技には舌を巻くばかりだ。最後の「4匹の共演」では、火を噴く竜を中心に、見事な演技を見せてくれる。各演目ごとの平均上演時間は、約3分程度である。  
 

「水牛とフル−ト吹く子供」


不明?


「釣 り」?


「凱旋帰郷」


(竜、獅子、鳳凰、亀)4匹の共演。竜が火を噴いている。

こうして全演目が終了すると、団員一同がすだれの奥から登場してフィナ−レの挨拶をする。この劇団員は男女10名のチ−ムである。お互いの呼吸が合わないと、生きた名演技はできないだけに、その団結は強いものがあるのだろう。この珍しい伝統芸能の夕べは、上演時間50分で幕となる。この写真からも分かるように、腰の近くまで水につかって人形を操るわけである。
 

劇団員のカーテンコール

水上人形劇の歴史
この水上人形劇はロイ・ヌオックと呼ばれ、9世紀の中国・宋代にあった水傀儡の流れを汲むものといわれており、それが本家の中国では次第にすたれて、今では隣国ベトナムに引き継がれて伝承されている。現在、この伝統的水上人形劇はベトナム国内の各地に幾つか残って上演されているようだ。
 

劇団は村ごとの職能組合で独自の約束ごとを持っており、入団に際しては一座の秘伝を堅く守るという誓いを立てるそうだ。かつては女性参加は認められなかったという。それは泥水に長時間つかって人形を操るので体力的に不適ということと、その秘伝が夫の家族へもれることを恐れたためだという。


また人形は、水辺に植えられた「いちじく」の樹木を材料にして作られるそうで、その若葉は豚の餌、果実は魚の餌となったり、塩漬けされて食用にされたりなど有用なものとされる。人形の大きさは30cm〜100cm、重さは1kg〜5kgで、一座の職工が作るため、劇団ごとに形や衣装が異なっているという。
 

以前、NHKで放映された水上人形劇は、ハノイ郊外のDao Thuc村のものだそうで、2月の正月の時季になると、こうした地方の村で水田を利用して上演されるという。私が「劇場の中での上演ではなく、自然の田園風景の中で上演される人形劇を見たい。」とガイド君に言うと、そんな答えが返ってきた。 
 

人形劇撮影のこと
以前は、この劇場での写真撮影は有料だったそうだが、その後有料化は廃止され、それと同時に撮影は禁止になったという。ところが、無断撮影してもお咎めもなく、原則も事実上なし崩しの状態になっているそうだ。だから、撮りたければどうぞ自由に撮影してくださいとガイド君は案内する。こうして結局、無料撮影できることになる。この国らしく、大らかなところがあるのだろう。
 

ホテルへ
劇場を出てホテルへ送り届けてもらっのは、夜遅く10時半のことである。なんと長く、そして盛りだくさんの変化に富む観光の一日だったことだろう。早朝の7時過ぎから今まで、たっぷりの観光である。疲れはしたが、満足至極の旅である。
 

部屋に入り、リンゴでも食べようと思ってテ−ブルをみると、今朝置き残したリンゴはなくなっており、その代わりに大きな柿とバナナが置いてある。お腹が大きくなるものばかりなので、今夜は遠慮しておこう。また明日へ繰り越しだ。素早く洗濯を済ませてシャワ−を浴び、やっと床に横たわる。明日の出発は遅いので、ゆっくり眠られる。さて、今宵はどんな夢を見るのだろう? ハロンの夢だろうか……?



(次ページは「ハノイ市内観光」編です。)